脳内欲しい本リストの崩壊
まただ。たしかに買おうと思っていた新刊書があったのに、それが何の本だか思い出せない。新聞の書評欄や広告欄、ツイッターで流れてくる読書感想で知って興味を持った本を、メモせず脳内の「欲しい本リスト」に雑多に積み上げた結果がこれだ。
「欲しい本なんだから、書店に寄る時間が来たら、自動的に思い出すだろう」。以前はそう思っていたし、そうしていた。しかし、老化に伴う脳細胞の劣化のせいか、それともうっかり目に付いた本も買ってしまわないよう、こまめに本屋に寄らないようにしたせいで「脳内欲しい本リスト」が積み上がりすぎているのか、書店に足を踏み入れても、あまつさえ新刊書店棚を見渡しても、目当ての本がそこにないと、いったいどんなジャンルの何の本を欲しいと思っていたのか、思い出せないのである。
耄碌したらきっと、頭の中の、読みたいのに思い出せない本のイメージで『文字禍』のように殺されるのだろう。そう思いつつ書店を徘徊する。
そもそも探しているそれは「本」なのか?雑誌コードはついていないけれど、雑誌コーナーに並べられているたぐいのブツだったりはしないのか?そう疑って新刊棚だけでなく、雑誌平台も見て回る。そして困ったことに、目当ての本の周辺領域の本や雑誌で、あらたに惹かれるものを見つけてしまい、そのタイトルを、またもやメモせず脳内に放り込む。
「そうだ、あっちの書店の新刊棚のあのあたりにありそうな本だった」。相変わらず目当ての本の確たるタイトルや著者、出版社を思い出せないままに、パソコンで読みを打ち込んで正しく変換はできるのに、いざそれを肉筆で書こうとするとへんもつくりももやもやと雲散霧消してしまう難しい漢字のおおまかなシルエットを思い出したときのように思いつき、おぼろげな書影の面影を求めて、その書店のその棚へ向かう。
あった!ようやく買おうと思っていたその本を買う。しかし、その棚のその位置に来るまでに、またぞろ「脳内欲しい本リスト」に雑多なタイトルが積み上がったのを苦々しく感じながら、会計を済ませる。
いっそ、この本を読んでいくうちに、今日、この本を求めて彷徨っているうちに目に付いた、この本の周辺領域の「脳内欲しい本リスト」の記憶がなくなればいいのに……。
だが幸か不幸か、まるで『猿の手』のように、願いは少しだけかなえられ、「そうだ、買おうと思っていた本があった」と書店に足を運ぶ次の機会に、わたしはまた同じように彷徨い歩くのだ。
なお、本日、上記の過程を経て買ったのが、このご本です。
※「月刊暗黒通信団注文書」2019年9月号初出原稿を改訂
『ホフマニアダ』『マイリトルゴート』@東京都写真美術館
恵比寿の写真美術館で『ホフマニアダ』と『マイリトルゴート』。『ホフマニアダ』はもう少し家から行きやすい渋谷のイメージフォーラムで、けっこうな期間かかっていたのに、気づいたのが終映間近で、次にスクリーンで見られる機会をうかがっていました。
その『ホフマニアダ』は、幻想文学ファンにはもとより、バレエ好きには『くるみ割り人形』『コッペリア』で知られるE.T.A.ホフマン(エルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマン)ことエルンストが、まだ何者かになる前から自身の想像の世界を作品にし、劇場監督になっていくまでの内面世界。
ホフマンは主に作家として知られていますが、作曲もするし絵も描けば劇場監督もするし音楽評論もし、もともとは法律家で晩年は裁判官と作家の二重生活を送っていたこともありと多才なだけに*1、頭のなかがとっ散らかっていたんじゃないか、という妄想を掻き立てられる作品でもあります。
エルンストが周囲の小役人な同僚をくるみ割り人形のネズミたちに見立てたり、砂男の幻影に苛まれ続けたり、現実の女性や理想の女性に心移ろったりが、美しくも妖しいパペットアニメで描かれるのですが、想像の世界の登場人物たちは存在が純化されて描かれるのに対し、現実世界の人々はものすごく人間臭い対比が面白い。そしてその二つの世界を股にかけるコッペリウスこと砂男!
ホフマン作品だけでなく、おやゆび姫オマージュのようなシーンも素敵でした。エンドロールで流れるメイキングで、人形の実際の大きさがわかります。
写真美術館では一日一回午前11時の回のみで早起きして向かいましたが*2、わたしはふだんまだ寝ている時間なので、何回か一瞬の寝落ちをしてしまいました。無念……。
ひとつだけ納得できないのは、砂男が集めた目玉の質感。ぬめっとしてなさそうな、単なる木の玉に虹彩を描いてまつ毛を付けたような。そもそも目玉だけなのに、なぜまぶたの付属品のまつ毛が目玉に直接付いているのか? せめて表面に透明の樹脂の膜を纏わせてほしかった。
消すと増えるよ
#boysdancetoo というタグをあちこちで見かけて「なんだろう?」と、気になっていたのですが、つまりこれが発端なのでした。
アメリカの保守層的な感覚だと、王子たるもの逞ましく男性的にのみ成長すべきで、白タイツなんぞ履いて踊るべきじゃない、ってことなのでしょうか……。
けど、なんにせよ、他人の、しかもまだ小さい男の子の選択を、大の大人が公共の場で寄ってたかって嘲笑するなんて、無教養きわまりないし、いじめと言われてもしかたのないことです*1。 ジョージ王子のひいお祖母様のフィンガーボウルのエピソードの洗練された教養と対極ではないでしょうか。
なおこのキャスターはその後、インスタグラムで謝罪らしきものは出しましたが、どうやらその投稿へのコメントを消しているようですね。
一つもコメントが付いてなくて変だなと思ったら、その一つ前の投稿に15,000以上のコメントが殺到*2。そしてこうした指摘がちらほら。
さらにその前の投稿にも、その前もその前にも、短いもので「恥を知れ(shame on you)」「いじめっ子(bully)」「ひどい性差別主義者(very sexist)」「あなたにはがっかり(disappointed in you)」「まだクビになってないの(R u fired yet)」のコメントが連綿と……*3。ウェブの特性、「消すと増える」そのものですね。
長文となると「あんな上っ面の謝罪じゃなくてちゃんと自分がホモフォビアで性差別主義者でしたって認めた上でのまともな謝罪が必要では」というものや、スマホでもスクロールしないと読み切れないくらいの長さで懇切丁寧に「バレエはあなたの思ってるようなものじゃない」と説くコメントもたくさん。ふだんは静かなバレエファンが一気に立ち上がっている感じです。
さて、この件はダンスマガジンが言うように、ジョージ王子について揶揄したことが問題なのではなく、また、男子がバレエのクラスを取っていることについて悪意的に取り上げたことが問題なのでもなく、ひとは誰でもそれぞれが楽しんでやっている選択肢を理由にいじめられるべきではないってことなんです。
this isn't just about Prince George, and it isn't just about ballet classes. It's about the fact that no one should be bullied for what they enjoy doing. And we refuse to condone it. @gma
— Dance Magazine (@Dance_Magazine) August 23, 2019
https://t.co/UARvtmJhP3
大人が公の場で、反論できない(王族だし、六歳の子どもだし)相手をいじめていちゃあ、子どもの間のいじめもなくなりません。このキャスターは息子さんや娘さんがいるようですけども、その子どもたちが今回の件で友だちからいじめられたり距離を置かれたりされたら、どうするのかと思います。
なお、バレエをやっていることでいじめられたことのある男子は全体の85%とのこと。バレエをやりたいのになかなかそうできなかった『リトル・ダンサー』のビリー・エリオットを思い出して、胸が痛みます。でもあれだって、1980年代前半の話です。あれから35年も経っているのに、いまだに子どもの可能性を性別で縛るような大人が大手を振ってTVに出ているとは!
と、書いていたら、さすがにマズいと思ったのか、男性ダンサー三人との対談を含む、長い謝罪が出ました。記事の後半、タイムズスクエアの300人ものダンサーの動画に圧倒されます。
遠出して美術館
夏は暑くて何もできない……、と言いながらも先日、夫の人と水戸に行ってきました。
なぜ水戸かというと、夫の人が崇拝する手塚治虫先生の生誕90周年記念の原画展を、千波湖近くの茨城県近代美術館でやっていたからです。
よかったことに、千波湖のほとりの館内は広々、人も殺到していず。人気の展覧会は都内で見るより、近郊都市に巡回しているのを出かけて行って見たほうがいいのかも、と思えてくるほど。萩尾望都先生の「ポーの一族」展も銀座は激混みだったので、来春の川崎市市民ミュージアムでまた見たいと思っています。
【「ポーの一族展」3月に開催します!】
— 川崎市市民ミュージアム (@kawasaki_museum) August 6, 2019
本日まで松屋銀座にて開催中の『デビュー50周年記念 萩尾望都 ポーの一族展』ですが、2020年3月からは川崎市市民ミュージアムに巡回いたします!!詳細は決まり次第、随時お知らせいたしますのでお楽しみに!https://t.co/53mzAOd7dl
しかし見ている最中も微妙な頭痛があったのですが、見終わったらかなり痛くなっていて、でもお天気は変わってないので気圧じゃなさそうで「?」。外に出て千波湖から駅まで散歩したら治ったので、結局は長時間冷やされすぎたせいっぽい。
というのも、まず行きの特急ひたちの電車の冷房が強すぎ。水戸に着いてそこから美術館まで乗ったタクシーの冷房も極冷、美術館はほどほどの冷房だったのですが、なにせ冷やされ続けてる時間が長すぎた。
信州方面にあずさで行くときも思うのですが、JRの特急は冷房効き過ぎでは*1。死ぬほど冷やすんじゃなくて、死なない程度に冷やしてほしいんだけどなあ。
*1:これから天然で涼しいところに行くのに偽の涼しさというか寒さの中で、半袖半ズボンで熟睡してる登山おじさんがいてびっくりしました。
怪談で、涼しくなれる?
夏は、「怪談を聞いて涼しくなろう」というキャッチコピーを、一度はどこかで見かける気がします。「怪談を聞くとぞっとして背筋が寒くなる」→「夏は暑いから怪談を聞いて納涼」ということなのでしょう*1。
ところでほんとに皆さん、怪談を聞くと寒くなりますか? わたしは逆で、背後に神経が集中して、背中が熱くなるのです。これは冬に雪山や寒さについての怪談を聞いても、同じです。
それというのも怪談が、おもに幽霊や妖怪による超自然的な災害譚だから。映画などのキービジュアルでもそうですが、大体の幽霊やあやかしが人間の背後から迫ってくるというイメージが強いので、ゴルゴ13の「俺のうしろに音もたてずに立つようなまねをするな」という警戒態勢になるわけです。
いわば気魄によって、実体ではなく気配で悪さをする幽霊やあやかしに、「寄ってくんな!」と威嚇するわけで、それはやはり背中が熱くなるほどにエネルギーを使わないと、できません。
そしてわたしは、幽霊やあやかしよりも、生きている人間がする「怖いこと」を聞いたり読んだりしたときのほうが、確実に鳥肌が立ちます。
- 作者: 岩井志麻子,甲斐庄楠音
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2002/07/31
- メディア: 文庫
- 購入: 11人 クリック: 286回
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そういう意味ではこの本は、生きてる人間の怖さ9割、幽霊やあやかしの怖さ1割(それもおそらくは人間側の気の迷い)で背中が熱くなりつつ、鳥肌が立ちそうになりました。特に怖かったのは、表題作ではなく*2、その後に続く主人公が男性の作品「密告函」。自分が男に生まれていたら、あの主人公みたいになっていそう、という自省を迫られます。
そんなことを、「郷里の娘」さんの2019夏コミ新刊『キャバレー百物語』を読んで思ったのでした。
この『キャバレー百物語』はというと、百物語といっても怖い話ばかりではなく、人間同士のしみじみする話がけっこう多いのです。多いのですけども、そのしみじみに浸っていると、キュッと怖い話が差し込まれて、きゃっと思う。エピソードもですが、編集が秀逸でした。
【通販のお知らせ】
— 郷里の娘@3日目西き15b (@shiroibara2018) August 14, 2019
新刊『キャバレー百物語』BOOTHでの通販を開始しました。インターネットに書けないキャバレー妄想エピソード集です! 暑い夏も涼しくなるかも👻https://t.co/fxnapBPENp
なお、わたしがいちばん好きなエピソードは、こちらです。苦笑とともに、なにがあったのかわかってしまう*3、そういうおかしみがちょこちょこ覗いたり隠れてたりしている本でした。
*1:ところで「夏は怪談を聞いて背筋を寒くして涼しくなろう!」というひとは、冬に聞く雪山や寒さについての怪談は、どうしているのでしょうか。冬に、さらに寒くなったら生命の危機だと思うのですが。なお、わたしが冬の怪談でいちばん怖いのは、冬山登山中にバディが死に、そこで埋葬して自分だけ下山し始めたのに、下山中にビバークして眼が覚めると埋めたはずのバディが自分の横に(ただしもちろん遺体)、という話です。
*2:表題作って、すごく、その、どろりとした百合みがありますよね? そこが怖さ一本槍になるのを堰き止めているように思います。
*3:不粋ながら解説すると、このお客さんは「女王様」のお客さんでもあって、女王様の命令を嬉々として実行して報告したつもりが……、ということなのではないかと。そして、このお客さんのアドレス帳内ではホステスさんと女王様が同じカテゴリで分類されているんだなあ、と思ったり。
同人誌 新・旧、その他の日記
・その1:C96を終えて
夏コミ打ち上げで知った、校正すべきもう一つのテキストの流れが手違いで堰き止められてたという事実に気が抜け、眞踏珈琲店さんでコーヒーゼリーとジョージ朝倉の描くかわいい女の子に耽溺していたら、ゲリラ豪雨で傘をお借りする羽目に……(眞踏さん、ありがとうございました!)。#今日のおやつ pic.twitter.com/VgQXAwuo1a
— Mmc@日曜西あ09b (@chevre) August 15, 2019
同じサークルや系列のサークルで、一部の作品だけ校正を通っていて、一部は通っていない、ということで生じるレベルの差が、どうも気持ち悪くてですね。でも今回は終わってから知ったので、いかんともしがたく……。次からは自分でも気を付けよう。
・その2:暗黒通信団本
長い待ち時間の間に三省堂書店神保町店の暗黒通信団棚に行って、夏コミ会場で完売した謎水マンガを購入。謎水マンガは16:40時点で残り4冊だった。自分の書いた『クズ度で見る古典バレエ』も2冊あり、ようやく実物を目にした。予想より表紙絵が繊細に印刷されていてうれしい。 pic.twitter.com/jbLxm05UYM
— Mmc@日曜西あ09b (@chevre) August 16, 2019
今回、すでにツイッターなどでバズっている謎水さんのマンガは、コミケ会場で売り切れ。そしてなぜかわたしの本の会場持ち込み分も売り切れたので、自分の本の実物をまだ見てもいないし、手に取ってもいなかったのです。
・その他の1:『女王様挫折記』
#何の報告かわかりませんが 5年くらい前に暗黒通信団から出した同人誌の感想に突然、出会ってその濃さに感激している。https://t.co/hxEURKzJNuhttps://t.co/p7Mo8MwSDT
— Mmc@日曜西あ09b (@chevre) August 15, 2019
※5年くらい前ではなく、8年前でした……
とくに後者のブログは、書いていた時からこれまで、「これ、
わずか40ページ足らずの同人誌系出版物だが、
内容はとても濃く深く、 SMについて考えなければならない全ての問題が凝縮している。 そう思える一冊だった。
とか、
今や成功のためのノウハウ本や自己啓発本は巷にあふれているが、
挫折の記録というのは滅多なく、 ましてやSMクラブ女王様の挫折の記録というのは僕の知る限りこ れまでにない。 この種の本はおそらくこれが初めてではないだろうか。
・その他の2:『21世紀の宗教裁判』
「ネタバレ」モードの感想を読んで、まさにそのことを知らせたかったのです! と小躍りしました。
・その他の3:『A新聞校閲部派遣切り闘争記』
こちらのネタバレモード感想も。うん、まあ表紙絵のとおり、「派遣切り」がメインの本なので、校正校閲の実作業に興味があると物足りないでしょうね。
なお、過去の自作同人誌はamazonのマーケットプレイスではアホみたいな高値になっていますが、ほとんどの本はわたしの手元に在庫がありますので、わたしからの手渡し・対面での手売りは可能です。
苗字も同じドッペルゲンガー
過去、自分や周囲のひとのドッペルゲンガーについて書いてきた。この話をするとみなさん大体「怖い~」と言うのですが、こんな事件もありましたので、わたしにとってはもはや怖いというより迷惑一歩手前な状況です。
さいきん、自分のドッペルゲンガーの出現については聞いていないのですが、わたしのドッペルゲンガーをちょくちょく見かけるご近所さんもドッペル持ちで、しかもわたしよりも明白に迷惑とか面倒な状況に近いと思われることについて、書いてみました。
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