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『没後50年 溝口健二 国際シンポジウム 2006』

映画監督溝口健二―生誕百年記念 別冊太陽
この日は、溝口健二シンポ*1。正午から夜8時までという、ほぼ学会並みのボリュームで、座り続けで尻の筋肉がおかしくなりそうになったが、しかし、内容はチケットの軽く倍は価値があった。とはいえ、この日、午前三時まで渋谷で飲んでいたので、セッション1:「日本における溝口」はがんがん寝てしまい、「映画監督というのは現場においてはひどい人間である」という意味の言葉が繰り返されたものが、睡眠学習の結果として取り込まれる。

そのあとのセッション2:「女優の証言」では、香川京子の年齢不詳の美しさに度肝を抜かれる。そして彼女が安寿を演じた『安寿と厨子王』で、なにか決定的に人生が変えられてしまったビクトル・エリセ監督より、花束贈呈。

二人目の女優は若尾文子。アイボリーの着物と帯で、ザ・女優というオーラが全方位的に放射されている。そして、語りの勢いのよい面白さ! 香川京子がおっとりとお嬢さん的であったのと好対照。若尾文子にはジャ・ジャンクー監督が花束を。この監督、ひげを生やした松尾スズキにそっくりでびっくり。

中抜けし、下の階で冬瓜と鶏肉のスープなどいただき、戻ると時間通りにはセッション3:「助監督の証言」が終わっておらず、席に着いた途端、爆弾発言が(笑)。「時間が押してますので、そろそろ」と、切り出した蓮實&山根コンビに向かい、「最後にひとこと、ひとことだけ言わせてくれ。映画っていうのはむずかしく考えるもんじゃない、哲学とかなんだとか、そんなのはおいといて、もっと楽しんで見ようや」という意味のことを、くりかえし、言い放ったのがすごかった。そして黙る司会のご両人。まさに年の功&えらい人でなくては言えないネタに、会場から拍手拍手。とはいえそれは、お笑い芸人の達者な芸へのそれに限りなく似た快哉だったのだが。それにしても、すごいね。蓮實に「映画を哲学で語るな、ただ楽しめ、見ろ」って!

さて、この日、これを目当てに楽しみにしていたセッション4:「世界が見た溝口」。なんといっても、『エル・スール』『ミツバチのささやき』のビクトル・エリセ監督と、溝口作品との美しき邂逅について聞けたことが素晴らしかった。兵役期間中、軍隊の門限を気にしながら見た溝口作品によって、「映画が人生を凌駕してしまう瞬間」に触れてしまうくだりは、のちほど阿部和重が感動しながら言ったように、まさにエリセ監督の作品のように美しい*2

エル・スール [DVD]

シンポは後半に行くに連れて盛り上がり、日本の映画監督三人と阿部和重が、カイエ・ドゥ・シネマ周辺で活躍してきた映画人・ジャン・ドゥーシェビクトル・エリセ監督、ジャ・ジャンクー監督に切り込んでいく時間は、まさに丁々発止。

井口監督による「溝口映画における女性をめぐる状況は、日本のわたしたち女性は、膝を叩いて『わかる!』と思えるが、海外の、それも男性の方はどう思われるのかお聞きしたい」という質問への、ジャ・ジャンクー監督の重い回答。

阿部和重の、「溝口以前以後で、映画で可能になったこと、不可能になったことそれぞれについてお考えをうかがいたい」という質問への、エリセ監督のすばらしい意見と言ったら!

エリセ監督は、溝口の死後、映画とそれをめぐる状況が変化し続けていることについて、とても示唆に富む意見を述べていたが、その語り口が、スペイン語でちんぷんかんぷんながら、「ああ、まさにあの作品はこの人からでてきたのだなあ」、と納得できる訥々さであり、つまりは監督のたたずまいすべてに感動したと言ってもよい。

ちなみに、日本側対海外組、と思いきや、海外組の中で「それでこのことについてはドゥーシェさんに」とエリセ監督が振ったりなどし、ステージ上はまったく予断を許さない、創造的な緊張状態に包まれていた。

さて、蓮實&山根コンビ、予定が押すのも厭わず、「おれこそが、わたしこそが溝口を好きなのだ」という登壇者を巧く捌き、突っつきなどし、名支配人とでもいいたいような、見事な采配ぶり。「最後におひとりずつ『Myベスト溝口』を紹介してください。おかしなしりとりのようですが」と、催促。「残念ながら『赤線地帯』は見ていないのです」というジャ・ジャンクー監督の照れが、かわいらしい。

かわいらしいのはジャ・ジャンクー監督だけではなく、幕切れとなり、パネラー後ろの大画面で『安寿と厨子王』のラストシーンが映されると、からだごとひねってみじろぎもせず見入る、ドゥーシェ、エリセ、ジャンクーの各氏。その不自然な姿勢には、阿部和重が指摘したように、キューピッドの矢のごとく「溝口健二が突き刺さってしまった人生」を生きているひとのかわいらしさが漂う。

最後に発見されたフィルムの断片などが上映される。『東京行進曲』は、ベルッチの『天使』のような印象の小品でした。

終わって、友人と落ち合って、それにしても、エリセ監督、今年66歳には見えないかっこよさと若さだったなあ、と思いつつ、BAR de ESPANA MUY*3でメロンのリキュールなど。

*1:http://www.kadokawa-herald.co.jp/mizoken/event/index.html

*2:このエリセ監督の溝口体験について、端的に、しかし余すところなくレポートされた方を発見>http://d.hatena.ne.jp/shooo/20060824

*3:http://r.gnavi.co.jp/a634205/