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東京に陰影を

もう二ヶ月ほど前になるけれど、震災の夜は定時に持病の薬が飲めず、そのまま冷えながら3時間かけて帰宅したせいで、月曜の夕方から持病が悪化して寝込んだ。それから街が節電モードになって、帰りに買い物がてらJR渋谷駅周辺を歩いてみても、あまり暗さは感じない。むしろ今までが明るすぎたのだと思う。ハチ公前でにらみ合うように光り輝いていた巨大街頭 TVたちがないのは、渋谷がブレラン的ではなくなるものの、ブレランはいつだって画面の、いや心のなかにあるので別に劣化コピーみたいに街角に再現されてなくてもかまわない。


むしろ、この程度の夜の街のほうが、戦前戦後のモノクロの邦画作品のなかの「東京」みたいでわたしには好ましい。モノクロ映画が素敵なのは、そこに豊かな陰影があるから。予想するのだけど、あのころの映画を今の技術で撮ってしまったら、たとえモノクロであっても明るすぎてあの魅力的な翳も陰影も残りはしないんじゃなかろうか。それはたとえば、電車に乗っていて、ふとつり革ごしに夜の窓に映った自分を見て、あまりにも明るすぎる車内の蛍光灯によってあらわにされたのっぺりとした自分の顔にぎょっとするように。


だから、これを機会に、東京がもっと陰影をたくわえた街になってくれたらな、と思う。そして電力は、太陽光に地熱、潮力、風力(居住地に近接しない場所での)などを組み合わせて、原子力発電みたいに「これ一発あればOK(ただし代償は高いよ)」というものではなく、太陽光がイマイチなら地熱でカバー、というように複合的に供給する仕組みで災害にも備え、かつ日本の科学技術力でそれらを海外に売れるくらいにブラッシュアップしていけば、国家としての日本の信用度も回復するんじゃないかしら(というか、それぐらいしか信用度を回復する方法が思いつかない)。