読んだり食べたり書き付けたり

霊長類ヒト科アゲアシトリ属ジュウバコツツキ目の妄想多め日録

歩幅の違い 《連作短編集「デッドロックのはずれ方」5-1》

 受験が終わった。久実、実佳、詩緒はそろって見学に行った高校に受かり、それぞれ別のクラスになった。久実と実佳は吹奏楽部に、詩緒は理数系でもないのに、なぜか数学部に入った。

 

 実佳が、奇妙な気配に気づいたのは夏休みのあとだった。正確には、久実といるときの周囲の反応というか、視線が妙なのだ。最初は吹奏楽部の先輩女子だった。

 

「あのいつも一緒にいる子が、久実、ちゃん?」

「え、はい、あ、そうです。呼んできますか?」

「ううん、いい。実佳ちゃん、彼女と同中?」

「はい」

「ふうん。彼女、中学の時からモテてんの?」

「へ? いや、むしろそういうのから遠いっていうか」

「ええー、そうなんだぁー」

 

 久実が、モテる? たしかに美少女だから人気はあったけど、むしろ久実が告白を断ってたような。っていうか、一番人気の先輩からの告白断ってから、誰もチャレンジしなくなったよなあ。実佳は先輩が何を言わんとしているのかわからず、混乱しながら思いを巡らせていた。

 

「あの、久実が、なにか」

「うん、いや、あたしじゃないんだけどねー、彼氏取られちゃって」

「え」

「でもすぐにその彼氏捨てられちゃった子がいてさ。しかもそれが続けざまに三人って話」

 

「そういう話、しないの?」

「……初めて、聞きました」

「あ……。な、なんかごめんね。練習、しよっか」

 先輩が床置きのケースからアルトサックスを取り上げて、リードを取り付ける。実佳もあわてて、自分のテナーサックスを持ち上げる。

 

(久実、なにやってんの。いや、聞いた話がほんととはまだ限らないし!)

 

 その日の練習で、実佳と先輩の演奏は、なかなか息が合わなかった。久実のフルートは、いつもどおりのびやかだった。

 

■ ■ ■

 

 部活を終えていつもどおり、実佳は久実と同じバス停でバスから降りて、歩道橋を上がる。

 

「あのさ、久実って、いま誰かとつきあってるの?」

 実佳はとりあえず、無難なところから話を切り出した。

「めずらしいね、実佳がその手の話するの。もしかして、好きな人でもできたとか?」

 

 そういう能天気な話だったらよかったのに。実佳は言葉を選んで言う。

「今日さ、先輩に久実のこと、聞かれて」

「男の先輩? 女の先輩?」

「女の先輩」

「あー、なんかゴメンね」

 久実は苦笑している。その、軽い「ゴメンね」の言い方に、実佳はすこしムッとする。久実は軽やかに続ける。

 

「その先輩にさ、わたしのことでなにかあるなら、直接、わたしにって、言ってね、今度から」

「そんなこと、言えるわけないよ」

 久実は困り笑顔で実佳を見る。

 

「先輩が言ってた、いろんな先輩の彼氏、次々取っては捨ててるって、ほんとなの?」

「あー、そういう話になってるんだー」

 

 実佳はまだるっこしく会話をひねくり回す久実を見つめて続けた。

「ほんとなの?」

「うちの親、見てるとさ、なんかカップルってなかなかうまくいかないもんだなって」

 

 久実は一瞬、真顔になった。が、すぐに苦笑に戻って続ける。

「それでね、わたし思ったの」

「誰かとうまくいってる男子と付き合えばいいんじゃん、って」

 

 実佳は否定するどころか、思いがけない久実の吐露に、鉄棒から落ちて頭を打った時のように、耳が痺れてくるのを感じた。

「ちょ……。なに言って。それでひとの彼氏」

「わたしがちょっかい出してとられるくらいなら、それまでの仲なんじゃない?」

 

 実佳は、久実が誰かによく似た知らないひとのように見えてきた。近くにいるはずの久実の顔が遠くにいるかのように急に小さく収縮して、またもとの大きさに戻って、を繰り返す。

 

(なんだこれ。落ち着け落ち着け。たしかに高校に入って背も伸びて、顔付きも変わって来たけど、久実は久実だよ)

 

「実佳みたいにさ、ちゃんとした親に育てられてる人には、わかんないよ」

 

 実佳はそのとき、ようやく気付いた。久実は顔は笑顔をキープしているが、目は笑っていなかった。

 

「でも、なんのために次々、いろんな人と」

「パターンを知るためだよ。だって、人生、失敗したくないもん。うちの親みたいにさ」

 

■ ■ ■

 

「じゃ、また明日ね」

 

 実佳にとって驚愕の会話のうちに、いつのまにか着いていた両家の境で久実に言われて、のろのろと家に入った。玄関からリビングのドアを開けると、母が天板にならべたクッキーをオーヴンに入れるところだった。

 

「あら、おかえんなさい」

「ただいまぁ。焼けてるクッキーある?」

「今日のはまだよ。先週の残りしかない」

「じゃあ、それ食べる」

 実佳は冷蔵庫から牛乳を出して、うさ子ちゃんのマグカップに注いだ。

 

「お母さんさあ、高校のとき、何人くらいと付き合ったことある?」

 実佳はスープ皿の底いちめんのクッキーを牛乳でたいらげたあと、母の隣で次々洗い上げられる製菓用具や食器を拭いてはしまいながら、言った。

 

「あら、好きな人でもできたの?」

「そんな話なら、いいんだけどね……」

「どうしたの、ため息ついて」

「うーん、うまく言えないんだけどさあ、たくさんの人と付き合ったら、ダンジョカンケーってわかるようになるのかな?」

「たくさん、って。だめんずとかチンピラとばっかり付き合ってたら、よくない男女関係のスパイラルから抜けられなくなるんじゃない?」

 

(なんか、昼ドラみたいな話になってきた)

 

 水を切った生ごみをくるもうとした新聞紙がテレビ欄で、実佳は、つい、昼間の欄を見る。その間も母はしゃべり続けている。

「それは極端だとしてもさ、ちゃんとした人と長く付き合った方が、男女関係っていうより、人間関係がわかるようになるんじゃない? たとえ結果的に別れたとしても」

 

 人間関係。そうだ、久実は自分のうちで、ちゃんとした人間関係がわかってないから、手当たり次第っていう間違った方法に出てるのかも。

 

 ……でも、手当たり次第ってだけじゃない、うまくいってるひとの彼を奪うのって、どうなんだろう。ほかのひととうまくいってるからって、久実とうまくいくはずないし。って、だからすぐ別れることになってる?

 

「ちょっと、そんなに押し付けたら新聞、破れるよ」

 

 母に言われて、実佳は手を止めた。

 

 

 

 

 

mmc.hateblo.jp

mmc.hateblo.jp

mmc.hateblo.jp

mmc.hateblo.jp

mmc.hateblo.jp

mmc.hateblo.jp

mmc.hateblo.jp

mmc.hateblo.jp

mmc.hateblo.jp