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驚愕の『世界史の誕生 モンゴルの発展と伝統』

読んでいるあいだは、さながら著者に筋斗雲の上に引っ張り上げられ、西に東に過去から未来へ、急ブレーキしてまたちょっと時間を戻っての時空間旅行に、振り落とされないよう必死に筋斗雲にしがみつくが如し。世界的時間旅行をしたいひとにはぜひぜひ、おすすめしたい本。

世界史の誕生─モンゴルの発展と伝統 (ちくま文庫)

世界史の誕生─モンゴルの発展と伝統 (ちくま文庫)

 

 

それにしても、鱗が目から落ちまくってドライアイになるかと思った。最初、「ええっ?」と驚いたページを携帯のカメラで撮っていたのだけど、ほぼ三〜五ページに一回、撮ってるところとかも出てきて、きりがないのでやめたほど。

なにしろ、高校までの世界史の授業で得ていた、なんとなくの世界史のイメージが、物凄い勢いで書き換えられていくのだ。読んでいるときの世界史イメージは、こんな感じだった。

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驚いたことのいくつかを挙げてみれば、こんな感じ。

ローマ帝国は「帝国」じゃないし、ローマ皇帝も「皇帝」じゃない

・「歴史」という概念はヘロドトスが『ヒストリアイ』を、司馬遷が『史記』を書くことで発生した

キリスト教が西暦1007年にモンゴル高原に伝播し、聖書とともにアラム語の文字が広まったのがアジアのいろんな文字の源

 ・ロシアは東ローマのギリシャ正教を受け入れたが、教会の公用語ギリシャ語ではなくスラブ語を採用したので、ロシア文化は古典ギリシャ・ローマ思想の影響を受けなかった

モンゴル帝国は高度に洗練された文化国家であり、ロシアのもととなった「ルーシ」はモンゴルにあこがれ、ロシア正教以外の社会制度をモンゴル化した

女真人の国・金帝国には銅鉱山がなく、当時の周辺地域の通貨である銅貨の鋳造ができなかった。金帝国は通貨供給の補助手段として約束手形を発行。これが信用取引の慣行を促進、資本主義経済のもととなった

ムガール帝国とはモンゴル帝国の末裔がインドにやってきて築いた帝国。ムガールはモンゴルが訛ったもの

・ロシア語の「ツァーリ」はラテン語の「カエサル」が語源、語義はモンゴル語の「ハーン」

 ・ボロディンの歌劇『イーゴリ公』のなかの「ポロヴツィ人の踊り」は「ダッタン人の踊り」と訳されることが多いがこれは歴史的には誤訳。正しくは「キプチャク人の踊り」

・いわゆる「黄禍」として知られるモンゴルによるヨーロッパ征服の際の尖兵は、キリスト教徒との交渉のためスカウトされた、多言語能力者のイギリス貴族だった

 

ほかにも長年「なんでそうなるわけ?」と思っていた歴史のカラクリがわかることたびたびで、この本を読んでいると、ものすごい勢いで世界の見方が変わる。国や文化の独自性は、人類の歴史を人体に例えたら皮膚表面くらいのものだと思えてくるし、人類皆きょうだいって言われても否定できなくなる。

ただ、数ページに一回「えぇっ?」と驚き、それに納得して落ち着くのに時間がかかるので、休み休み読まねばならず、読了には時間がかかった。

そして著者は結びでこういうのだが……、

 

地中海=西ヨーロッパ型の歴史の枠組みと(略)中国型の歴史の枠組みをともに乗り越えて、単なる東洋史西洋史のごちゃ混ぜでない、首尾一貫した世界史を叙述しようとするならば、とるべき道は一つしかない。(略)二つの歴史のある文明が、これまでに自己の解釈、正当化のために産み出してきて、歴史家が自明のものとして受け入れてきた概念や述語を一度捨てて、どちらの文明に適用しても論理の矛盾を来さない、筋道の通った解釈を見つけだすことが必要である。こうした単一の世界史の叙述は決して不可能ではない。この『世界史の誕生』は、そうした叙述の最初の試みである。

 

いやー、それは著者のような天才じゃないとなかなか本書のようには組み替え、組み立てられないことでしょう。

それにしても、著者の論理を補強する研究結果は現在では(この本の元の単行本の初版は1992年)たくさん出てきてはいるけれど、かといってそれをこれまでの「歴史」の枠組みから離れて組み直すのは、たぶんAIには無理な仕事だろうなあと思った。AIは、既存の枠組みに沿って物事を整理するのは得意そうだけど、人間が納得し理解するような新しい枠組みを産み出すのは難しいんじゃないかと思う。