夢で逢いましょう ~バレエ『眠りの森の美女』妄想~
お見合い不成立。王子の記憶からオーロラ姫のイメージを抜いて帰って来たリラの精は、呟いて寝床に倒れ込んだ。カラボスによるオーロラ姫への死の呪いを、城内300人もの長い眠りに分割して薄めてからもうすぐ百年。
「こんなにオーロラ姫の相手探しに手間取るなんて」
そもそも、眠りの期間を百年の長きにするつもりはなかった。数十年で運命の相手を見つけられると思っていたのだ。それが、めぼしい王子を見繕ってはオーロラ姫の夢で引き合わせても引き合わせても、なかなかうまくいかない。
「なんとなく、ダンスの呼吸が、合わないの」
「なんとなく、お顔が、好きになれないの」
「なんとなく」
「なんとなく」
「なんとなく」
17歳から眠り続けるオーロラ姫の語彙は、限られたままだ。それも、夢という無意識の領域にリラの精が入り込んで根気よく掬い上げて、お断りの理由がわかる、という具合。オーロラ姫の気分は、17歳の誕生日に、四人もの王子に求婚されている最中に呪いの紡錘で眠りに入った、その気分のままなのかもしれない。
ここしばらく、といっても人間の時間で十数年、リラの精は夢でオーロラ姫とそのお相手候補の王子を引き合わせるために、人間の無意識領域にダイブしたあとは、休息が必要になっていた。何回かは王子の記憶からオーロラ姫のイメージを完全に取り除けず、それがもとで人間世界に「いばら姫伝説」が流布することにもなった。
つまり、リラの精は妖精にはないはずの、人間の感覚であるはずの疲れを感じはじめていた。今回はとくにそれが深く感じられた。
「ああ、疲れるって、こういうことなのね。人間は毎日、こんな感じとは」
たくさんの愚かな人間たちを助けてきた何百年の間で、リラの精が疲れを自覚し、またこのようなかたちで人間に同情と親近感を感じたのは、それが初めてのことだった。
ここしばらく、といっても人間の時間で十数年、リラの精は夢でオーロラ姫とそのお相手候補の王子を引き合わせるために、人間の無意識領域にダイブしたあとは、休息が必要になっていた。何回かは王子の記憶からオーロラ姫のイメージを完全に取り除けず、それがもとで人間世界に「いばら姫伝説」が流布することにもなった。
つまり、リラの精は妖精にはないはずの、人間の感覚であるはずの疲れを感じはじめていた。今回はとくにそれが深く感じられた。
「ああ、疲れるって、こういうことなのね。人間は毎日、こんな感じとは」
たくさんの愚かな人間たちを助けてきた何百年の間で、リラの精が疲れを自覚し、またこのようなかたちで人間に同情と親近感を感じたのは、それが初めてのことだった。
その2:王子の憂鬱
狩りのためと称して、取り巻きと森にやってきたフロリムンド王子は、ため息をついた。
「どこかに、落ち着きがあって、クラシカルな美貌で、身分の釣り合う女性はいないものだろうか」
王子は若い女性特有のキャピキャピ感や、自己演出したキラキラ感が、苦手だった。今日もそういった若い花嫁候補のたむろする宮廷から抜け出して、年上の不倫相手である侯爵夫人を含めた仲間で森に逃れてきたのだ。
「侯爵夫人もなあ、最初は年上だから落ち着いてるかと思ったら、付き合い始めたら実際、そうでもなかったし。まあ、そうであっても結婚できないし」
狩りがしたくて森にきたわけではない王子は、はしゃいで乗馬鞭を鳴らす侯爵夫人を横目で見て、またため息をついた。
「どこかに、年上だけど並んでもおかしくない程度で、なんなら未亡人とかで、誰か適当な貴族の養女にして経歴ロンダリングして結婚できるような、落ち着いた女性はいないものだろうか」
そんな王子をリラの精は物陰から見ていた。もしかしたら、純粋な王子より、これくらい世間ずれしているくらいが、17歳の時空で百年たゆたっているオーロラ姫には合うのかもしれない、と思いながら。
その3:カラボスの空虚
アラートが鳴っているのに、カラボスは気づいた。が、それが何に紐付いているのか思い当たるのに、少々、時間を要した。
「ああ! 百年前のアレ! 死の呪いが眠りにまで薄められたから、とっくに解けてるかと思ったら。リラの精はちゃんと仕事してたのかしら?」
訝しんだカラボスが、いばらに覆われた城の近くに来ると、うすぼんやりとした光が見えた。
「あれは、リラの精?」
自分のかけた呪いが薄まった闇に城が包まれているとはいえ、リラの精の精気の薄さがカラボスは気になった。
「どうしたのかしら」
近づくカラボスを追い払いながらも、心ここに在らずといったふうのリラの精のようすが、カラボスは気になった。強力な魔力を持つだけに、「悪」の側面を担うことの多いカラボスだが、根っから悪党というわけではないのだ。
「考えすぎかしらね?」
カラボスは祝宴後、城内に用意された寝室の窓辺で、夜更けすぎにもかかわらず美酒に酔いしれる中庭の人間たちを見下ろしていた。と、きらめきとともにノックの音がした。
「リラの精?」
言いながらドアを開けたカラボスにリラの精が答えながら滑りこんでくる。
「よくわかったわね」
そりゃあ、わかるわよ、と言いかけて、カラボスはまじまじとリラの精を見る。体が一部、透けている……。
「あなた、ちょっと、どうしたの、それ」
存在を確かめようとカラボスの伸ばした手をすり抜けてリラの精は言う。
「そろそろ、お別れの時が来たみたい。あなたも変だと思わなかった? 百年もかかって、おかしいと思ってたのよね、わたしも」
「ちょっと、なに言ってるのか、わからないんだけど」
リラの精の身体が透明度を増すのにつれて、カラボスは自分の体が変化し始めたのに気づいた。暗闇色のドレスも、朝焼けの雲のような、リラの花のような淡い薄紫に変わっていく。
「オーロラ姫と王子の初夜が無事に終わるころには、さよならね。明日からは、『わたし』をよろしく」
その間にも、カラボスの黒髪は金髪に、カラスのようなマントは蜻蛉のような羽根に変わっていった。
「ちょっと待って、どういうことなの?!」
わけがわからない。自分の外に向かってみなぎっていた魔力が、内へ内へと凝縮して、光を放ち始める。
「こんなの、わたしじゃない!」
叫ぶカラボスに、リラの精は優しく言う。
「何百年かすれば、あなたにもわかる、かもしれないわ。今の、わたしの変化が」
窓から差し込む朝の最初の光が、リラの精のさいごのきらめきと同化し、風に運ばれていった。部屋には、リラの精の姿に変化した、かつてカラボスだったものが、リラの精の囁きとともに残された。
「夢で、逢いましょう……」
眠れる森の美女in上野、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団。オケが下手でかなり地獄。チャイコフスキーの音楽が神がかってるので辛うじて聴いてられたが、このオケは二度と聴かなくていいかも。まあ指揮者もヤバかったから、しょうがないかもしれんが。こないだの都響の白鳥の湖の100分の1の満足度。 pic.twitter.com/cAjNL8SbWb
— ツァラトゥストラはかく呟きけり (@nothungen) 2018年5月19日
hthttps://twitter.com/nothungen/status/997752166403092480tps://twitter.com/nothungen/status/99775216
またしても劇伴の音がぼやけたり外したりが激しく、舞台に没入できなかったので、いろいろ妄想してしまったバーミンガム・ロイヤル・バレエ団の『眠りの森の美女』。やはり同じ不満をお持ちの方が……。バレエは衣装、舞台装置、照明も含め、よかったのですが。
なので、帰りにパパン御徒町店でたらふく食べてやったわ! 嗚呼、サカダワなのに、また魚介類と肉を食べてしまった……。