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バレエに見る新型コロナとの闘い

Kバレエカンパニーの『カルミナ・ブラーナ』 特別収録版をリモートで見た。 宣伝画像ではKバレエを率いる熊川哲也が、 陶酔したように目を閉じる若き美形ダンサーと絡んでいる写真が使 われており、 BL妄想癖のある身にはかなり訴えてくるものがある。

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この作品はカール・オルフ作曲の有名曲『カルミナ・ブラーナ』 に熊川哲也が振り付け・演出したもの。 2019年の初演時のストーリーは『カルミナ・ブラーナ』 が作曲された1936年を舞台に採り、「 世の中に突如降りかかる災厄」 としてその時代に勃興したヒットラーと同名の「アドルフ」 が運命の女神によって人間界に産み出され、 悪として崩壊の限りを尽くすが、 最後には彼を産み出した運命の女神に殺される、 というものだったという。

それを今回の2021年版では、「 コロナ禍に立ち向かう世界中の人々に贈る復活へのメッセージ」 と銘打って、女神を人類に変えて再演出することで、「アドルフ」 を産み出すのも倒すのも人類としていたのだが……。 腑に落ちない。

熊川哲也は今回、この作品の「アドルフ=災厄」 を新型コロナのパンデミックに重ね合わせて舞台を作り上げようと したわけだが、となると現実を鑑みれば、「アドルフ」 を倒す人類は、カリスマダンサーひとりだけではなく、 様々な立場の人間が挑んでは敗れ、しかし最後には、 という結末になるのだろうとわたしは思っていた。「 アドルフ」役は、邪悪な笑顔と存在感が素晴らしいし。

だが実際は、「アドルフ」回収直前までさまざまな立場の人類、 天使、太陽(!)を含む自然などが「アドルフ」 に翻弄されてはいたものの、 倒す役は熊川哲也ただひとりだったのだ。

え。それってあり? 人類と悪との闘いで、その様式っていまどきあり? いろんな人が次から次に「アドルフ」に挑んで、 最後に倒れていった者たちに推されるように出てきた熊川哲也がと どめを刺す展開じゃダメなの? そりゃあ、熊川哲也ほどの天才であれば、 コロナ禍を収束させるウルトラマンのごときカリスマの存在を信じ られ、感情移入でき、表現できるのだろうが、 観客の一般人はどうだろうか。

唐突ではあるが、熊川哲也は天才である。 その履歴の中で特に目立つものを拾ってみみると以下のようになる。
1989年、16歳でローザンヌ国際バレエコンクールの最優秀特別賞のゴールド・メダルを獲得。 ローザンヌではこの年まで決選以外は拍手が禁止されていたが、 熊川哲也は予選の段階から拍手が鳴り止まず。
同年、世界三大バレエ団の一つといわれる英国ロイヤル・ バレエ団に東洋人として初めて入団、1989年9月にはロイヤル・ バレエ団史上最年少の17歳でソリストに昇進。 1993年5月には入団から4年2か月の21歳と2か月という異 例の早さでプリンシパル(最高位ダンサー)に昇進。1998年に26歳の若さでロイヤルを電撃退団、 翌1999年に自らのバレエ団であるKバレエカンパニーを創立。 ダンサーやスタッフにギャラをちゃんと払える、 生活を保証できるバレエ団として現在も存続*1

そんな天才・熊川哲也だから、 コロナ禍という巨大な敵を倒すただひとりのカリスマを、 運命の女神のかわりに据えようと思ったのかもしれない。そして、 Kバレエの作品を見る大半の人は、そんなカリスマ・ 熊川哲也のファンが大半なので、 この展開でよかったのかもしれない。

でも、作品に込められた「 コロナ禍に立ち向かう世界中の人々に贈る復活へのメッセージ」 という命題を考えると、 熊川哲也がカリスマ役として登場するとしても、 凡百の人間がコロナ禍を体現した「アドルフ」を倒そうと試みて失敗した後で登場してほしかった。 そう思うのである。なんなら「アドルフ」 に向かっていく熊川哲也のうしろで、 先に倒れた人々がバレエダンサーの空中を浮遊するような動きで守 護霊のように漂うシーンが見たかった。

あるいは、ほかのバレエ監督がこの作品を演出し、ほかのバレエ団が踊ったとき、つまり熊川哲也の手を離れて表現されたときに、この作品の真価がわかるのかもしれない。Kバレエのオリジナル作品ということもあるが、群衆役も兼ねる合唱団含め250人もの出演者で構成された舞台なので、コロナ禍で舞台を打てず弱体化しているバレエ団による上演は不可能とも思えるが……。
 

  ※「月刊暗黒通信団注文書」2021年4月号初出、一部改訂

*1: 日本ではバレエ団員として生活していけるのはほんの一握りで、 団員や関係者にチケット売りさばきノルマがあるバレエ団もあるという。