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霊長類ヒト科アゲアシトリ属ジュウバコツツキ目の妄想多め日録

アウトレイジ・ラビット

「あのうさぎ野郎、半月前にもうちの畑で市場に出す直前のラディッシュを半ダース、喰い散らかしやがった……」

マグレガーは柄の長い熊手を振り上げて走ったせいで、がくがくする膝に手を当てながらつぶやいた。

「二度あることは三度あるって言うしな、今のうちに仕留めとかんと、これからもたいへんな損害だ。さて、さっきあいつはキャベツ畑のほうに逃げてった。次に現れるとしたら、どこだ?」

キャベツ畑のむこうのジャガイモ畑から回り込むと、グーズベリーの栽培ネットが不自然に揺れている。スズメがベリーを食べに来ているせいかとも思ったが、念のため、地面に置いてあったふるいを手に近づくと、間一髪でまた、逃げられた。人形にでも着せるような、小さな水色の上着が栽培ネットにからまって残った。

だが、今度はマグレガーに運があった。うさぎは、収穫したジャガイモを仮置きしておく物置小屋に逃げ込んでいったのだ。

「ちくしょう、どこだ」

マグレガーは物置小屋に入った。そして、りんご酒の木箱の手前、うさぎの隠れていそうな中くらいの植木鉢を奥からひとつひとつ、ひっくり返しはじめた。一列目をひっくり返し終わろうとしているとき、窓のそばでくしゃみがした。

「やつだ!」

マグレガーが窓に突進すると同時に、濡れそぼった茶色いなにかが窓から外へ飛び出した。マグレガーの妻が世話しているゼラニウムの鉢植えが、その勢いで三つ、倒れて割れた。マグレガーはうさぎを追えなかった。窓は、マグレガーが飛び出るには小さかったのだ。

「畑仕事に慣れて、銃の手入れから離れていたのは間違いだった。今から家に戻ったんじゃ、あのウサギのやつを逃がしちまう。どうすればいい? そうだ、池の作業小屋に狐狩り用の銃がある。あれを使おう」

マグレガーは走ってきた道を戻り、作業小屋で銃に実弾を詰めた。

「あいつがうちから逃げていくなら、庭から野原に出て行くだろう」

そう思って作業小屋から池をすがめて見ていると、うさぎが草むらから頭だけを出した。(今だ!)撃とうとして狙いを定めようとするが、飼い猫がマグレガーの射程上でうさぎとの間に陣取り、みじろぎもせず座っている。(どけ、どくんだ!)マグレガーが念じても、猫はときおりしっぽの先だけを動かすだけだ。そのうち、うさぎはこの道を通るのをあきらめたのか、また草むらに消えていった。

「くそッ……!」

マグレガーは実弾を込めたままの銃を作業小屋に置いて、ジャガイモ畑へ戻った。どっちにしろ、ジャガイモ畑のとなりの玉ねぎを収穫する予定だったのだ。それに、うさぎが猫を恐れて庭から野原に帰るのをあきらめたなら、あとは物置小屋近くの木戸しか逃げ道はない。マグレガーの敷地には、ほかにはうさぎが通り抜けられる隙間のある木戸はないのだ。

「うさぎが現れたら、やつが木戸に向かう間に、こっちは畑を突っ切って捕まえてやる。今度こそだ」 

マグレガーは木戸を見詰めながら、背中側に神経を集中して玉ねぎを掘り始めた。しばらくして、なにかが手押し車に乗った気配がした。

「だが、まだだ、まだ早い。いま振り返ったら、またあいつは木戸と反対方向に逃げていく」

気づかないふりでマグレガーは玉ねぎを掘る。手押し車から何かが降りる、かすかな音がした。

「よし、来い」

畑の脇を走る音に、マグレガーは神経を集中する。それが畑の角で木戸に向けて曲がったときに、マグレガーは走り出した。だが、丹精込めた玉ねぎとジャガイモの畑を突っ切ろうとするものの、丈夫に育った茎に足をとられ、思うほどには早く走れない。たまらず畑から出て路地に出、うさぎを追いかける。

だが、もう遅かった。すでにうさぎは5メートル、いや8メートルは先にいて、その鼻先は、もう木戸だった。マグレガーの目の前で、うさぎは木戸の下をするりとくぐり抜けて行った。

マグレガーはその後、グーズベリーの栽培ネットから、うさぎの着ていたらしいあの小さな上着を拾い、さらにキャベツ畑とジャガイモ畑で小さな靴を見つけた。

「そういえば、去年だったか、さっきのより大きいうさぎが畑を荒らしているのを見つけてパイにしたことがあったな。なんらかの脅しにはなるかもしれん」

そう考え、マグレガーはその上着と靴で案山子を作った。だが、気は晴れなかった。そこでマグレガーは、野原にきのこを採りに行く時に、うさぎ穴に投函する手紙を書き始めた。

「去年使ったのとは別に、新しいパイ皿を買った。次にうちの畑を荒らしたやつが、このパイ皿の最初の客だ。よく覚えておけ、皮を剥いで、頭をちょん切って内臓を取り出してやるから。焼く前にはうちのりんご酒の風呂にゆったり漬からせてやるから、安心しな」

ピーターラビットのおはなし (ピーターラビットの絵本 1)