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『淳子のてっぺん』唯川恵

 

淳子のてっぺん

淳子のてっぺん

 

 田部井淳子さん*1をモデルにした、田名部淳子を主人公にした、といってもエヴェレストまでの道のりは田部井淳子さんのほぼそのまんまの伝記小説。読み始めたらしょっちゅう熱い涙がこみあげてくるのだけど、山好きとしてはやめられないおもしろさで、通勤中に読んでいて何度も困りました。

最初、なぜ微妙に名前をフィクションにしたのだろう、と思ったのですが、アンナプルナの件とかで、本名を出してほしくない人がいたのかなー、などと想像。でもね、ホンダ技研をハンダ技研はないと思うの。ハンダって! ハンダ付け世界一の企業みたいじゃないですか。田部井さんの出身大学名もなぜ変えるのかなー。なのでこのレビュー中では田部井さんで表記します。

でも、作品自体は、これ谷川岳に実際に行ったんじゃ? と思うほどの山の描写の迫ってくる感じとか*2、女だけの登山隊の、女子校的に悪いところもいいところも描いているところに凄みとおもしろさを感じて、時間を忘れて読めてしまいます。

中でも興味深いのは田部井さんの夫、政伸さん。こまやかながら、そのこまやかさで淳子さんに気を遣わせないところがすごい。そして、田部井さんがエヴェレスト遠征計画を決めたときに「一人で待ってるのは寂しいから、子どもを産んでいって(はぁと)」(意訳です)っていうかわいらしさ。いいなあ~。

そして、当たり前だけど伝説的なシェルパのアン・ツェリンにも若いときがあったんだなあ、と実感。田部井さんを見かねて良質な登山用具を貸してくれたり、地上8000メートルで平気な顔でたばこを吸うシーンにはシビれます。

あと、イタリア隊の意味不明な豪華さに「……」。ヴィスコンティみたいな貴族がお登りあそばされたのでしょうか? 身体一つで山に取り付くアルパインスタイルでの挑戦が羨望の的になっている現在では、ダサさの極みですけどね。

ところで読んでいる最中は登山そのものについての達成感や喪失感にどきどきしたり涙したりして読んでいたのですが、読了後一日経って思うことは、この本には女性が男性社会で自分を活かしていく試行錯誤が描かれているなあ、ということ。

田部井さんの夫の政伸さん(文中では正之さんですが)は、もともと田部井さんより登山スキルは数段上だったのが、欧州アルプス登山での凍傷で登山を趣味的なものに変更。そしてこの小説を通してみると、田部井さんのアンナプルナやエヴェレストへの挑戦をバックアップすることも、自分の趣味のように軽々とこなしているように読めるのです。正直、主夫ではなく、一流企業に勤めててここまでできるのか! と驚かされます。

わたしの夫も凍傷で挫折、とかはないけどバックアップを惜しまないタイプなのですが、淳子さん・政伸さんが結婚してから50年も経っているのに、こういう夫は珍しいらしく、まあいろいろ言われたりしますから、50年前はもっとふたりへの風当たりはきつかったんだろうな……。

 そしてもう一つは、男女問わず「パートナー」である人が、自分とともに登れなくなったときどう進んでいくか、または「パートナー」と同じ歩調で登れなくなったらどうするか、という葛藤が描かれているのも興味深い。前述のように政伸さんは田部井さんのようには高所登山に挑戦できなくなり、そして田部井さんのこころには、そんな政信さんに勝手に遠慮してエヴェレスト登山に挑戦しない理由が沸きあがってくるわけですが、そこでの政伸さんの懐の深さがまたシビれます。そして「一人で待ってるのは寂しいから、子どもを産んでいって(はぁと)」(しつこいけど意訳です!)っていうかわいらしさ。

これはもう、『てっぺん 我が妻・田部井淳子の生き方*3を読むしかないですね!

 

 

てっぺん 我が妻・田部井淳子の生き方

てっぺん 我が妻・田部井淳子の生き方

 

 

 

*1:おまけページも楽しい公式サイト http://www.junko-tabei.jp/index.html

*2:インタビューによると作品のためにエベレストまで行ってきたらしい!http://www.jprime.jp/articles/-/10627

*3:https://www.yamakei-online.com/journal/detail.php?id=4259