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冬ごもり前やけくそパーティ 《連作短編集「デッドロックのはずれ方」1》

「まじょ が あらわれた」

 先輩の殊勝そうなうつむき顔のむこう、校舎の角、自転車置き場の柱の陰で様子をうかがっている久実を見つけ、美李はつぶやいた。

 

「ほんと、ごめん、こんなことになっちゃって」

 脚を前にまっすぐ上げたら股間にスマッシュヒットする距離にいる先輩は、美李のつぶやきが耳に入らなかったらしい。完全に魔女の魔法にかかっているのだろう。先輩はこのクリスマスシーズン、魔女に吸い尽くされて、捨てられる生け贄だ。

 

 久実は、恋愛市場に参入している雄飛高校の生徒の間では、イベントごとに彼氏を変えることで名が知れていた。ゴールデンウィーク海開き、花火大会、秋祭り、学園祭、クリスマス、バレンタイン&ホワイトデー。入学して一年の間に、久実はそれぞれのイベントで、自分を楽しませてくれそうな相手を同学年から先輩まで幅広く渡り歩き、彼女がイベントを楽しんだ後には無気力な目をした男どもが残された。

 

 そして二巡め、久実は次のターゲットを、美李の彼氏にしたらしい。久実は、狙ったターゲットが友達の彼氏でも、遠慮しない。むしろ、自分の知り合いの彼氏なら積極的に情報収集して、その男が自分とイベントを過ごすにふさわしいと判断したら、躊躇なくかっさらっていく。

 

 その結果、雄飛高校の女子たちは、のろけ話を校内やファストフードでするのを躊躇するようになった。壁に耳あり、廊下に久実。ちょっとした情報が彼女の耳に止まれば、部活伝い、委員会伝い、塾伝いで彼氏をターゲットにされてしまうからだ。

 

 そんな、ある意味、有名な久実の誘惑に、どうしていまだに男ってふらふらいっちゃうんだろう。そりゃ綺麗だけどさ、被害者がまわりにいっぱいいるじゃん。それにさ、パート練習で培った絆はなんだったわけ? 別れの言い訳を述べ終わり、「今度こそ運命の人だって、彼女、言うんだよ。だからさ」などと、久実とののろけに突入した先輩の指先を美李はじっと見ていた。

 

「美李ぐらいのほうがさ、思春期が終わって体型がすっきりしたら、ガイジンみたいなグラマーになるんだって」

 そう言ってくれたけど、先輩も結局、現時点でモデルみたいな久実のほうがよかったってことじゃん。美李は、みんなと同じく短くした制服のスカートから伸びる、健康的といえば聞こえはいいが、骨太な骨格に肉屋の鶏モモ肉のようにしっかりと肉がついた自分の脚を見下ろした。

 

「いっすよ、やっぱペット吹きはチューバなんかより、フルートとカップルのほうがいんじゃないすか」

 内心、(おまえもなるべく早く捨てられろ)、と、念じながら、薄笑いを浮かべて美李は言う。

 

「や、ごめんな、ほんと、松下もさ、いい女なんだから、がんばれよな」

 一瞬、(コンドームつけんのにいつまでも手間取ってるてめーに言われたくねーよ)、と言ってやろうかと思うが、平和な部活生活のために言葉を飲み込んで唇を噛む。先輩はそれを、泣くのをこらえて唇を噛んだとでも思ったのか、小走りでそそくさと自転車置き場へ、逃げるように向かって行く。校舎の角を曲がった向こうからは、すぐに自転車二人乗りの歓声が聞こえてきた。

 

 美李は自転車置き場には背を向けて、非常階段から教室に戻るべく、校舎の反対側に回り込んだ。哲平がいた。

「ずっとここにいたわけ」

「ずっとじゃねーけど、掃除当番だから」

哲平はカラになったゴミ箱を振る。

「わりーな」

「や、べつに。わるくないけど」

「そ。」

 

 哲平も、かつての久実の犠牲者の一人だ。男子水泳部でいまはキャプテンの哲平は、一年の夏休み、プールや海で久実とデートを重ねた。だが、夏休みの終わり、デートと部活に明け暮れた結果、たまった宿題に青ざめ、久実に「一緒に片付けようぜ」と持ちかけたところ、彼女にはすでに大学生の彼氏がおり、宿題を手伝ってくれている、秋祭りには一緒に行くの、というのろけを聞かされ、灰になった経験者だ。どうやら、哲平がいいところを見せようと、浜辺に久実を残してブイまで泳いで見せていた際、メアドを交換した相手であるらしかった。

 

「あいつ、相変わらずだねぇ。元気っつーのかなんつーか」

「あんた、達観してるねえ」

「まあ、一年も過ぎればな。それにいまじゃ失恋より、部の後輩の予選落ちのほうがツライっす」

「面倒見いーよね、センパイ」

「マネージャーもいねーし、男だらけだからさあ、だれかがオカン役にならんとうまくいかんのよ。あ、そだ、これからピザの食べ放題いっしょ行かね?」

「なにそれ。口説いてんの」

「ちげーよ。男だけで大食いって、失恋したみたいでむなしいじゃん? 人数いれば、大食い選手権みたいで盛り上がるし、ピザも種類食べれるしよ」

 ああ、その予選落ちした水泳部員の後輩たちもいっしょにね。美李は理解し、了解した。

 

「んじゃー、あたしも行くわ。の前に、スカート、ジャージに履き替えてくっから待ってて」

「おお、本気入ってんな」

「押忍」

 やけくそパーティだな。美李は命名した。やけくそパーティで食べまくって、冬ごもりして、春にはもっといい女になってやる。でも、いい女って、なんだろう。久実みたいなのは無理だな、これから受験もあるし、イベントにいちいち全力投球なんてしてらんない。部の吹奏楽コンクールも最後、全力出さなきゃだし。

 

 美李は、ゴミ箱を振り振り非常階段を先に上がっていく哲平を、「いいケツしてんなー」、と、からかいながら、ぼんやり、そんなことを思っていた。