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『バレエ・リュス 踊る歓び、生きる歓び』


正直いうとこの作品*1、そんなに感激するとは思わず見に行ったのです。「あ、ディアギレフ以降のバレエの歴史が楽しくお勉強できそう。しかも貴重映像つき♪」なんて軽い気持ちで。


が、冒頭、しゃべっているだけでエレガンスの香る美しい老婦人、アリシア・マルコワ*2 が、きらきらとした瞳でかつての花形ダンサー時代の思い出を口にするのと、モノクロでノイズの多い画面でかつての彼女がチュチュ姿で回転し始めるのが交互に映し出された途端、もう引き込まれてしまっていました。それからは、当時はクラシック・バレエとはバレエ界内部でばかりの呼び名で、世間的にはまだまだイロモノだったバレエを、ただ「踊りたい!」という情熱でパリからモナコへ、分裂してはまた合流して、戦争を逃れヨーロッパから北米へ、一部はまた海を渡りオーストラリアへ、中南米へと、とても恵まれているとはいえない公演状況のなか(船酔いでゲロゲロのヨーロッパ→北米旅行から着いたその晩に初舞台とか!)、運んでいく怒涛の展開を、ただただ傍観するばかり。


そんなバレエをめぐる大きい状況のなかにいた一人一人のバレエダンサー自身の語る個人的な状況がまた、それぞれ一人ずつでも映画一本になってしまいそうなドラマを湛えていて、息をするたびに、彼女たち・彼らの情熱が飛び込んでくるよう。なにせ、70歳代、80歳代、そして90歳代になってもなお、あるいはバレエのレッスンをつけ、あるいは舞台に立ち(!)しているその「踊りたい!」という情熱が、しばしば熱風のようにスクリーンから吹き付けてくるのだから! 


バレエ・リュスの同窓会で踊る『ジゼル』のレッスンで、同じく同窓生で相手役のジョージ・ゾリッチに練習不足よ! とインタビュー時のにこやかさはどこへやらの真顔でたしなめてバレエへの変わらぬ情熱を見せつけると同時に、一方で往時の情熱的な事件を照れくさそうに話すナタリア・クラソフスカに、「こういう話題のときは誰でも『うへへへ』とか『えへへへ』って笑うのかなあ」なんて思ったり。


その他に、マティスの衣装での貴重映像や、ダリの舞台美術でのおもしろ裏話もあり、バレエへの情熱と言ってもただ単に体育会系的な「暑(苦し)さ」ではなく、時代を超えて強烈にアピールする天才たちの「熱さ」が散りばめられています。たとえば、アメリカでバレエを普及する際には大当たりを取ったものの、今は時代遅れになっているウエスタン+バレエのような演目の映像では群舞がいかにもダサいのに、その群舞と同時に振付けられたはずの主役2人の踊りだけはまったく古臭くなく… これも冒頭に書いた「軽い気持ち」をばっさり切り捨てられたシーンでした。


だってね、今のほうがバレエ的プロポーションの作り方とか管理とか、あるいはテクニックの研究なんかは進んでいるわけだし、「過去の天才って言ったって、『過去の』でしょ」とどこかで思っていたのですよ。写真は残っていても映像の残っていないニジンスキーの跳躍伝説って、コクトーやらなんやらによって語られるうちに美化されていったに違いない、と思うのと同じように。


でも、違いました。大間違いでした。才能は時代を超えるんですね。とはいえこれは映像で見ていただかないとなんとも説明しがたいのですが。


『バレエ・リュス 踊る歓び、生きる歓び』、いまのところ東京での上映はシネカノン有楽町2丁目*3で1月25日までと、シネマライズ下のライズエックス*4で2月8日まで。

*1:http://www.balletsrusses.net/

*2:http://www.theatertv.co.jp/program/200712/one/one_000040.html<ふとぐぐってみたところ、彼女の名前がタイトルのドキュメンタリーがあるみたいでとても見たい気持ちでいっぱいです!

*3:http://www.cqn-cinemas.com/yurakucho/movies.html#ballets

*4:http://www.cinemarise.com/