英国ロイヤル・バレエ団「白鳥の湖」妄想感想
ロイヤルの白鳥、終わってから会場上の精養軒で食べながら妄想会話。夫の人はチャイコフスキーのあの曲調から、完全なる悲劇がご希望だった模様。
「だって白鳥の姫が乙女なら、もうあの裏切りと情けない追いすがりで完全に冷めてるでしょ!」ということらしい。ごもっとも。うちはやはり夫の人のほうが血中乙女濃度が高いようです。
しかし、エヴァンゲリヲンとかを経て白鳥の湖を見ると、姫が、「あたしのスペアは、お付きの白鳥がたくさんいるから…」とか思ってやしないか、とか、姫がxxした後に残りの白鳥が集団でロットバルトを攻撃するのは、それぞれが個別の人格を持っているわけじゃなくて、姫の命と引き換えにロットバルトの呪いを解くという行動の劣化コピーなのでは、とかいろいろ考えてしまいます。血統の正統性が信じられていた時代ならばそうはならないはずだけど、その意味で時代設定が「昔々…」ではなくて、近代の帝政ロシアっぽかったのもわたしにとっては揺さぶりが効いてたなあ。
「血統の正統性」というのは、たとえばノブリス・オブリージュ。もっと土着的なかたちでは、たびたび氾濫する池に村長の娘を捧げる、とかそういうものの土壌。「いい家の出」というのは世間を渡るのに魔法の杖になる場合もあれば、呪いにもなりうるわけで。つまりかつては「いい家の人」というのはなにかが起こればそれまでに得てきたものの代替物として、持っているもののうち、もっともかけがえのないなんらかを共同体に投げ出すことが求められていたわけです。
マリーアントワネットがギロチンにかけられちゃったのだって、国民にとっての「俺たち・私たちの王族」なのに国外逃亡しようとしたから、可愛さ余って、という流れになった部分も多いと思う。あそこで「じゃ、うちも立憲君主制、やってみようか」って王が決めてればイギリスみたいになったかもしれない。そういう意味ではやっぱりあの王様はぼんくらだったのかな、と思うところもある。
なんにせよ、現代に生きる我々は、なかなか「血統の正統性」をそのまま信じられる立場にはないわけで。文化人類学的に捉え直すことでは可能だけど、それだって近代以前のプリミティブな感覚をそのまま取り戻すことはできないのです。
で、白鳥の姫の話に戻りますが、王子との愛の力でロットバルトが弱まったかというところで、突然、姫が王子の手を振り払ってxxしたのはなぜか? を考える。
ここで呪いの解けた自分だけが助かって自分が人間に戻って王子と暮らしていく間にも、残りのみんなはひとりずつ白鳥の姫としてこの呪いを解く苦行を、最後のひとりになるまで続けなければいけないの? それなら今、人間に戻れたわたしがこの身を捧げてみんなの呪いを解く! なぜなら自らの幸福のためではなく、臣民のために尽くすのがわたしの役目だから。
という考えに至ったか、もしくは
ちょっと待って、呪いが解けて人間に戻れたとして、本当にこの王子が今後もずっと誠実てあると信じられる? だって今まで巡ってきた国ではことごとくオディールの色香の前に屈して行ったじゃない? そんなの耐えられない!死んでやる!
という近代的自我に伴う行動だったのか。まあ、最後にベールの向こうの船(あれも三途の川的なもので、ベールでふたりが彼岸にあることを示していたのだと思う)に乗って流れてゆく二人に、お付きの白鳥たちが頭を下げているのは、前者的なことが起こったのだと考えたいものですが。
あと、あのお付きの白鳥たちも、帝政ロシアにまつろわぬ少数民族のメタファーかなとか考えてしまいます。
ちなみにずっと帝政ロシアというわけではなく、三幕の王子の嫁選び舞踏会は仮面舞踏会で、馴染み深いクラシックな設定です。この仮面舞踏会と、次の四幕は、まるでエロール・ル・カインの絵のような美しさ。第一幕もですが、全編、舞台美術と衣装が目で追いきれないほど盛りだくさんに美麗かつバリエーションに富んでいます。
さて、王子は姉妹がたくさんいる設定。舞踏会での招待客は、定番のスペインのほかにスラブ系とかモンゴル系っぽいグループ(男女のワンペアではなく)で、こういう異民族を抑えるためにも、王子以外の自分の娘たちのためにも、女王は王子に早く有力貴族や豪族の王女と結婚してほしくて無意識にプレッシャーかけてるんだろうな、とか、いろいろ妄想掻き立てられます。
モンゴル系っぽい人たちは歌垣(フォーメーションとしては、はないちもんめ、みたいなものです)まで盛り込まれていて、『乙嫁語り』の世界も彷彿とさせられるし。
まあとにかく、見応えのある舞台でした。しかし今回、アリスの時と比べて少しオーケストラに不安が。たぶんオケに問題があるのではなくて、指揮者が前のめりすぎていると思うのですが、フォルテシモ多用し過ぎ。ただでさえ乙女でメリハリ効きまくってるチャイコフスキーなので、過ぎたるは及ばざるがごとしだと思うのですが…。一部、強くさせ過ぎてかすれてるところとかありました。