空耳妄想アワー'08

おれはスナイパー。いや、間の悪いスナイパーだな。

どんなふうに間が悪いかっていうとたとえば、十分に下調べした張り込み場所の屋上でターゲットを待ちかまえてたら、数年に一度の水道タンク点検が上ってきたことがある。

こないだなんざ、ゴルフ場に潜んでターゲットが近付いてくるのを待ってたら、去年までなんともなかった花粉症がその日、その場所で発症しやがった。おかげで即死が依頼だったのに、ターゲットは未だに生きている。植物状態だが。

それが理由でおれは追われている。どうせおれも撃たれて死ぬんだろう。ならせめて慣れ親しんだ街の風景を見ながら逝きたいもんだ。新宿、は殺伐としすぎてるからなあ。第一、新宿じゃなんだか職場で死ぬみたいだ。青山…　おれにはお洒落過ぎるな。うーん、渋谷とかいいかもな。

それでおれはたぶん人生最後の散歩に出掛けた。渋谷駅。ここで狙撃されたら血が飛び散っておめかしした横のねぇちゃんとかとんだとばっちりだよな、とか思いながらハチ公口から出る。まあポリがいるから後片付けにはいいかもな。交番を右目で見ながら線路の下をくぐる。くぐり切る手前で食欲に負けてラーメン屋に入る。へぇ、最近のラーメン屋は割箸じゃないんだな。エコってやつか。

いつ殺られるかわからないのに、おれの頭は妙に冴えている。ラーメンの味もよくわかるような。まあ、たいして旨くもないんだが。いかん、ラーメンであったまったせいかクシャミが続けざまに出るよ。ちくしょう、花粉め。

しかし、皮肉なもんだ、消されることになってからこんなにも落ち着いて過ごす時間が取れるとは。今までの仕事のその時に、こんなに落ち着いて狙撃のできたことはホンの数回だ。それもこれも、おれの間の悪さのせいなんだが。

とはいえいま落ち着いていられるのは、おれは恐らく撃たれて殺られるはず、なら人中にいる間はまだ大丈夫だろうとたかをくくっているからだろう。そうだ、見通しの効くところで食後のコーヒーでも飲むか。おれはラーメン屋を出て宮益坂下の交差点を渡り、地下鉄ビルの二階に上がってルノアールに入る。ここは場所にしちゃいつも空いてるし、落ち着くんだよな。

おれは窓際の席に座った。宮下公園が見える。そしてしばらく、おしぼりを使ったりコーヒーを飲んだりしながら、山手線やら埼京線が通っていくのを見ていた。ターゲットを探すことなくこんなふうにぼーっと景色見たのなんて、いったいいつぐらいぶりだろうな。

ああ、ようやくクシャミと鼻水がおさまってきた。しかしなんだろうなこの花粉症ってやつは。お、コーヒーの後にお茶？　いいねぇ、落ち着くよ。

…さて、そろそろ出るか。どうすっかなあ。原宿とか別に興味ねえし。あ、トイレ行ってくりゃよかったな。宮下公園ですますか。

おれは歩道橋をわたって公園に入り、公衆便所で用を足した。手を洗ったがポケットにハンカチがない。手を中途半端にだらりとさせながら外に出ると、わたってきた歩道橋の上でカップルが向かい合っている。こっち側に顔が向いてる若い男はなんだか妙にテンションが高いな、と見るともなく見ていたら、男がジャンパーのポケットから指輪が入っているらしい小箱を取り出した。

プロポーズか…　若いやつはいいなあ、と微笑ましく思ったとたん、「手を挙げろ」と言われた。やられた。完全に油断していた。いつのまにか敵が来ていた。そして、左のこめかみにいやな冷たさが走った。45口径か。こんな町中の公園で殺されるのか、おれは。

ヤバい…　歩道橋の上の男が気づいた。なんでこうおれは最期まで間が悪いんだよ。おれの仕事の失敗はおれの間の悪さのせいだけど、それが見知らぬ他人のプロポーズまで失敗させていいってことにはならねえよ。

おれは男にジェスチャーで念を送った。

「あ、いいから小箱を」

だめだ、ますます動揺してる。そんな間抜け面、プロポーズ中にしちゃだめだろ！
頼む！　こんなおれの間の悪さに影響されないでくれよ！
最期にもなって他人の人生の邪魔はしたくねえよおれだって！
必死の思いでもう一度ジェスチャーを送る。

「開けてしまったほうがいい」

ああ…　この距離でも小箱を持つ手が震えてんのがわかるよ。
ごめんな、ほんとおれ、昔っから間が悪くてさ…

次の瞬間、懐かしいような衝撃がおれの左側頭部を襲った。

以上、先週の空耳アワード'08↓の04:17からの空耳作品でつい妄想してしまいました。
今週のタモリ倶楽部のオンエアが待ち遠しくてたまりません。