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一気読み!石井桃子評伝

今月、文庫になったばかりの本、『ひみつの王国: 評伝 石井桃子』。

ひみつの王国: 評伝 石井桃子 (新潮文庫)

ひみつの王国: 評伝 石井桃子 (新潮文庫)

 

 ……もしかしたら四年ほど前の単行本発売時に買っていて、積ん読山の地層になっているかもしれないのだが、書店で面陳されているのを見て反射的に買ってしまった。そして、ちょっと難しい別の本↓の箸休めに、と、この評伝を読み始めたら、もう興味深いことばかりで止められず、結局、一気に読了。

世界史の誕生─モンゴルの発展と伝統 (ちくま文庫)

世界史の誕生─モンゴルの発展と伝統 (ちくま文庫)

 

 

石井桃子の仕事、つまりたのしい子どもの本や児童文学の翻訳や紹介には物心ついたころからずーっとお世話になってきたけれど、石井桃子がどんなふうに暮らしてきたか、わたしはぜんぜん知らなかった。

ピーターラビットの絵本 全24巻 贈り物セット

ピーターラビットの絵本 全24巻 贈り物セット

 
クマのプーさん全集―おはなしと詩

クマのプーさん全集―おはなしと詩

 
ムギと王さま―本の小べや〈1〉 (岩波少年文庫)

ムギと王さま―本の小べや〈1〉 (岩波少年文庫)

 
天国を出ていく―本の小べや〈2〉 (岩波少年文庫)

天国を出ていく―本の小べや〈2〉 (岩波少年文庫)

 

 

もっともそれは、石井桃子本人が作品の裏側や実人生を覗き込まれないよう注意深く振る舞っていたからなので、多くの石井桃子の読者にとってもそうだろうと思う。この本は、石井桃子本人がふれてほしくなかっただろうことにも斬り込み、また裏側に踏み込み過ぎて叱責されたことまで明かしているガチンコ勝負の本だった(ただ、本人へのインタビューや、周囲の人からの聞き書きや、残された手紙類などを基にしているようなので、詳しい人によると戦時中の戦争協力や戦後の児童文学評論関係では、ちょこちょこ実状と違うところもあるらしい)。

 

そんな本だから、初めて知ることもたくさんあって、驚かされる事実もいろいろ。たとえば、『いやいやえん』の挿絵を当時、高校生だった山脇百合子が描いていた、とか。高校生で、あの表紙と挿絵を描いたですと! なんという才能! と思わず電車内で白目になりそうになった。

www.fukuinkan.co.jp

www.fukuinkan.co.jp

また、連綿と英米児童文学を翻訳してきた石井桃子が、90歳近くになって、「私、ようやく英語が少し、わかるようになってきた!」と、周囲に自慢することがあったというエピソードにも仰天。

あの石井桃子が!!!
この英語の翻訳にはこの日本語しかない、と原書と読み比べた者が唸るしかない仕事をしてきた石井桃子が! 60歳を超えても新たな訳出書を出し(ファージョン作品集刊行開始が63歳、ピーターラビットシリーズ刊行開始が64歳、クマのプーさんの著者自伝翻訳開始が91歳、刊行が96歳!)、90歳を超えても過去の仕事に手を入れ続けて改訂し続けていた石井桃子が!

百まいのきもの

百まいのきもの

 

 ↓(一例として)

百まいのドレス

百まいのドレス

 

 

そしてなにより、ぎっしり詰まった本棚のような石井桃子の101歳の人生が、最後まで耄碌とは無縁で明晰であったことに驚嘆する。偉人、傑物というのはこういうものなんだな、と思いつつも、そんな言葉はどうも石井桃子には似合わないなあ、とも思う。あえて言うなら石井桃子の児童文学仲間のひとり、林容吉が『メアリー・ポピンズ』で使ったあの言葉、「すごもの」を使いたい。

風にのってきたメアリー・ポピンズ (岩波の愛蔵版 14A)

風にのってきたメアリー・ポピンズ (岩波の愛蔵版 14A)

 
帰ってきたメアリー・ポピンズ (岩波の愛蔵版 14B)

帰ってきたメアリー・ポピンズ (岩波の愛蔵版 14B)

 
とびらをあけるメアリー・ポピンズ (岩波の愛蔵版)

とびらをあけるメアリー・ポピンズ (岩波の愛蔵版)

 
公園のメアリー・ポピンズ (岩波の愛蔵版)

公園のメアリー・ポピンズ (岩波の愛蔵版)

 

 

ところで本書によると、石井桃子はどうやら翻訳家、編集者、児童文学研究者などよりも、作家になりたかったらしい。『ノンちゃん』や『朱い実』という作家としての素晴らしい仕事もたしかにある。しかし、自分の戦後すぐのやっつけ仕事を95歳にもなって全面改訳して再版し直す石井桃子は、作家というアーティストより、やはり編集者・翻訳家というアルティザンがその本質だったのではないかと思う。そして、これほどに才能あふれる人でも、自分のなりたい者になれるわけではない、という人生の厳しさの前に、しばし佇立する。そして、やりたいことよりやれること、やることを期待されていたことを石井桃子が引き受けてくれたおかげで、日本で読める子どもの本の世界が豊かになったありがたみを噛みしめる。

 

ノンちゃん雲に乗る

ノンちゃん雲に乗る

 
幼ものがたり (福音館日曜日文庫)

幼ものがたり (福音館日曜日文庫)

 

 

お題「好きな作家」