読んだり食べたり書き付けたり

霊長類ヒト科アゲアシトリ属ジュウバコツツキ目の妄想多め日録

車中読書

なんだか奇妙な気分の快楽を貪っている。

パターン・レコグニション』は、期待に沿いながらも、それをいつもより大きく上回る作風もさることながら、描かれる時代が未来でも近未来でもなく、あの、DCブランド全盛の日本の80年代に成長期を送った人間には、否応なく現代だと痛感させられる主人公の設定がリアリティーの裏打ちになって、ひやひやぞくぞくさせられている。ちなみに、主人公の年齢は32歳で、わたしの二つ下だ。作品が書かれた時点を考慮すればさらに年齢差は縮まる。

この、舞台が現代だという道具立てに、架空を作り出す実在の作家本人が、夢から覚めてすぐ見渡す部屋が、ほんの一瞬纏う違和感で編んだマントを羽織っているんじゃないかと感じるほどのとまどいを感じながら(というのは、ギブスンがSFで描く未来や近未来はいつでも、逃げ水もしくはアキレスと亀に関するゼノンの定理のように、けして到達できないものだという感覚が常にあったから)、しかし読書がこれほど快楽なのは、もしかすると『薔薇の名前』以来かもしれない。

薔薇の名前』は中世を描きながら、現代の文法と語法でしかそれが表現しえないという問題と、描かれている問題が、現代人が理解できうる文章で表現されているということ以上に極めて現代的なのではないかという焦燥にも似た発見をわたしにもたらしたわけだけど、『パターン・レコグニション』は、現代がすでにSF的に描かれてもまったく違和感のない世界になっているという事実を突きつけてくる。