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シルヴィ・ギエム、進化する伝説

シルヴィ・ギエム“最後の”『ボレロ』」以来だから、2年以上。実を言えばあれから「そろそろ引退してしまうんだろうか…」と、なんとはなしに不安を抱いていたのですが、そんな気配は微塵もなく。パンフレットのインタビューを読んでも、ますますコンテンポラリーへの意欲盛んな様子で、まったく杞憂でした。


プログラムはまず東京バレエ団の面々による「カルメン」。ユカリョーシャがカルメンを演じたのですが、時折「この人ってこういう色気の演技だったっけ?」と新鮮にハッとさせられ、高岸さんのエスカミリオはスペインの陽気なモテ&アホ男なおおらかさたっぷり、そして運命の牛役の奈良春夏さんにどぎまぎさせられました。奈良さんの、そのバレリーナにしても痩せてしなやかな体型は役柄が無性的なのと仮面をつけているのも相俟って一瞬、少年ダンサーのようにも見え「いや、でもあのヒップラインはやはり女性…」と、目が離せませんでした。


休憩を挟んで「椿姫」。つれないそぶりのニコラ・ルリッシュと遠慮がちにすがるギエムが最初に振りを合わせての、そのつま先の動きでぞわーっと鳥肌。髪をほどくしぐさと、ヘアピンが舞台に落ちる音が妙に生々しい。その髪をほどく、ドレスを脱いで下着姿(のコスチューム)になるという日常的な動きと、ダンスのなめらかさのコントラストが際立って、翌日もあのヘアピンが落ちる音が耳を離れませんでした。


次の「シンフォニー・イン・D」はとにかくコミカルで、コスチュームが黒と黄色なのと、男性陣・女性陣の演技から、『うる星やつら』のラムとあたると女の子たちを思い出してしまいました。「カルメン」で出ていた奈良さんが出ていないかと探したのですが、見当たらず。プログラムをあとで確認したら、こちらには出ていないのでした。


そしてまたギエム。ラッセル・マリファント作品の「TWO」。中近東っぽいような音も混じるアンビエント気味のテクノのようなアンディ・カウトンの音楽が、1メートル20センチ四方の制限のなかのギエムを開放したり追い詰めたりしているかのような作品。時間にして、5分か長くても7-8分だったと思うのですがその上演時間も、1メートル20センチ四方という空間も歪曲されるような神秘的な、なにかの魔術を見せられ、巻き込まれているような気分になる作品。おまじないのように同じ振りが繰り返されていると見せかけて、実は少しずつ異なる振りだったとあとで知り「ああ、それが視神経の混乱を引き起こして幻惑につながったのか…」などと納得しようとしても、思い出すたび不思議な気分がぶり返しています。


長めの休憩をはさんで最後の作品は、今回もうひとつのマリファント作品「PUSH」。なんとギエムがマリファント本人を口説き落としての共演でした。上演前に上演時間が40分と知って「え? そんなに?」と思ったのですが、終わってみればやはり幻惑されて、「TWO」にも増して時間の感覚が完全に狂いました。ヒトが2人踊っているというよりは、まるで神の意思の宿ったX遺伝子とY遺伝子かなにかが舞っているようなフレーズが、やはり少しずつヴァリエーションして何度も繰り返され、舞台上を移動し、最後は登場した同じ位置から消えていく。40分と言われればそうかもしれないけれど、4分経っただけとも思えるし、4時間経ったと言われても納得しそうな、マジカルな舞踊。むしろ、4時間見ていたい。狂うかもしれないけど(ちなみに今回一緒に見に行った人は初生ギエムの衝撃で、帰りの道中、気づくとクチが開いている有様に・笑)。


ギエム、今年42歳のはずですが、公演のキャッチコピーどおり、まさに「進化する伝説」でした。帰ってから、以前に発売されたDVDを見ていますが、このころよりやはり明らかに今のほうが凄い。年齢による衰えを感じる部分は… バストトップがいささか下がったかなあ? いやほんと、それだけ。