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霊長類ヒト科アゲアシトリ属ジュウバコツツキ目の妄想多め日録

『The Diver』@シアタートラム

野田秀樹の能、ということで楽しみにしていたこれは、野村萬斎が芸術監督となる「現代能楽集」の第4弾。題材は能の『海人』、「日野OL不倫放火殺人事件」*1、『源氏物語』のうち、「夕顔」「葵」。「桐壺」「帚木(いわゆる「雨夜の品定め」)」も少し入ってたかな。


しかし、不倫OLと正妻さんとの関係と、六条の御息所と葵の上のそれとのアナロジーって、ちょっと強引な気がする。六条と葵の関係は、当時の通い婚と出身家庭の格と財力+本人の五・七・五リテラシー&子どもが産める若さが嫁の価値という貴族社会の背景があってこそ、六条が葵を呪い殺すまでの確執が生じるわけだけど、不倫OLと正妻さんは感情的な理由以外に確執の生ずる原因はないわけで。なにせ一億総中流意識にいまだにとらわれている現代日本は東京の勤め人&勤め人の妻の間に起こったことですし。


それとも英訳された『源氏物語』を、当時の社会背景を重ね合わせるだけの知識のない人が読むと、葵と六条の関係は、単なる正妻と年増の愛人として解釈されてしまうのでしょうか。というか、そのような人がはたして『源氏』を英訳ででも読むのかという疑問も。作品はおもしろく、役者の演技も素晴らしかったけれど(とくに『The Bee』に続いてのキャサリン・ハンター!)、こういった違和感を完全に払拭してはくれなかった。なぜ、いまこの事件を取り上げたのだろう? という疑問もあるし。


しかし、何度読み聞きしても不倫OL事件の正妻さんのあの発言は酷いと思う。劇中、最後に野田が叫ぶ姿は、自分の放った言葉が因果応報となって自分の子どもを殺してしまったと悟った正妻さんだったのかもしれない。といっても、実際の事件とその後の経緯などを読むと、正妻さんはそのような「悟り」を得たとは考えにくく、むしろ、あの事件に同情的な感慨を抱く人間にとって、そうあってほしかった、と思う姿ではある。