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ガザからのメール転載(その6)

年末から一方的な攻撃にさらされ続けているパレスチナはガザからのメールの続報です。今回非常に長いです。


メール引用のあとにガザ地区停戦を呼びかける国際署名サイト3ヵ所の情報を載せています。時間がないけどガザのためになにかしたいという方は、スクロールしてそちらからお読みください。


お読みになって必要だと思われたら、署名をお願いします。

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岡真理さんからのメール


Subject:[AML 22976] ★これは全パレスチナ人に対する攻撃だ★
From:"OKA Mari"
Date:Wed, 31 Dec 2008 0:57


京都の岡です。


ガザのアブデルワーヘド教授よりイスラエルのハアレツ紙掲載のアミラ・ハスの記事その他が転送されました。
とりあえずハスの記事、訳しましたので、拙訳を付して転送します。
http://www.haaretz.com/hasen/spages/1050688.html


警官の修了式が直撃されて大勢の若い警官たちが殺された件は、A教授のメールにもありました。
それについてのS氏のコメント。
「ハマースを支持していた者たちにしても、職を、給料を求める若者たちだった。彼らは生きたかったんだ。だが、そのために彼らは死んでしまった」という一文。


民間人も多数、殺されているがゆえのイスラエルに対する非難であるなら、民間人でない者たち、戦闘員とされる者たち(=ハマース・メンバー)とは何者なのか。


2002年、西岸への侵攻においても、占領下のパレスチナ人が銃をとって武力による抵抗をせざるを得ない状況を造り出しておいて、彼らを「テロリスト」と名指すことで、攻撃の正当性を得る。


同じように、封鎖され、産業のインフラがことごとく破壊され、生計を立てる手段は唯一、ハマースに加わることだけというようなガザで、日々の糧を得るために、ハマースを支持した若者たち。
民間人と戦闘員のあいだの境界線も限りなく曖昧です。


おか まり


************

★ガザ攻撃はハマースに対してではない、全パレスチナ人に対する攻撃だ


アミラ・ハス 
2008年12月29日
ハアレツ紙


日曜午後3時19分。ミサイルが向かってくる音が電話越しにも聞こえる。続いてもう一発。脅えた子どもたちの叫びがそれに重なる。ガザ市テル・アル=ハワー地区。高層アパートがひしめく。どのビルにも何十人という子どもたちが、そしてどのブロックにも何百人という子どもたちがいる。


子どもたちの父親であるBは、近所の家から煙が上がっていると言って電話を切る。1時間後、2軒のアパートがやられたと彼は言う。1軒は無人だった。誰が住んでいるか彼は知らない。もう1軒は、負傷者が出たが、ロケット弾の発射を担当するメンバーの家だ。だが、幹部や重要人物というわけではない。
日曜日正午、イスラエル空軍がガザのナショナル・セキュリティ・サービスの一群の建物を爆撃した。ガザ市の中央刑務所もそこにある。3人の被収容者が殺された。うち2人はファタハのメンバーと思われる。3人目はイスラエルに協力した廉で服役していた。ハマースはガザ地区にある他の刑務所の大半から被収容者たちを避難させていたが、この監獄は安全だと思ったのだ。


日曜日午前零時、Sは電話の音に起こされた。「どっちみち眠っていたわけじゃないんだ」と彼は言った。「受話器をとると、アラビア語の録音が聞こえた。『武器弾薬を自宅に置いている者は誰であれ、家を爆撃することを警告する』と」。


近所に住むある家庭は家族3人を殺された。3人とも20代の若者だった。彼らの誰ひとり武器や弾薬など持ってはいなかった。彼らがただ通りを歩いていたところ、イスラエル空軍が通りすがりの車を爆撃したのだ。別の隣人は16歳の娘を亡くした。その姉は重傷を負った。イスラエル空軍が、パレスチナ自治政府の予防安全保障サービスがかつて使っていた建物を爆撃したのだが、それは彼女たちの学校のすぐ隣だった。


Sは、ガザの市警本部近くに事務所を構える友人を訪ねたとき、土曜日の爆撃の一部がもたらした結果を目にした。その攻撃で殺された一人はハサン・アブー・シュナブ、元ハマース幹部のイスマーイール・アブー・シュナブの長男だった。
イスラエルが5年前暗殺した老アブー・シュナブは、2国家による解決に賛意を表明した最初のハマース政治家の一人だった。ハサンは、地元の大学に職員として勤めながら、警察のバンドで演奏するのが趣味だった。土曜日、爆弾が直撃したとき、彼は警察官の卒業式で演奏しているところだった。


「70人の警官が殺された。全員、ハマースのメンバーじゃない」とSは言った。Sは反ハマースだ。「ハマースを支持していた者たちにしても、職を、給料を求める若者たちだった。彼らは生きたかったんだ。だが、そのために彼らは死んでしまった。一撃で70人。この攻撃はハマースに対してじゃない。われわれ全員、パレスチナ人全体に対する攻撃だ。自分の同胞が、そして自分の郷土がこんなやり方で破壊されてもいいと思うパレスチナ人など一人もいやしない。」

29/12/2008

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京都の岡です。


ガザのアブデルワーヘド教授のメッセージ(その18)を転送します。
*前回最後にお送りしたのは(その16)でしたが、バックナンバーに重複があったため、今回、調整しました。
(その17)がMLでは流れていませんが、欠落ではありません。


*これ以前のメッセージは、訳文を推敲し、以下のサイトにアップされています。
TUP−Bulltin http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/
NPJ通信    http://www.news-pj.net/npj/gaza/index.html (写真入り)
ガザの写真   http://picasaweb.google.com/tigrimpa/wLVhCF?feat=directlink


みなさんのご協力に感謝します。


おか まり

(続)

****** 転載・転送歓迎 *****

嘆きと悲しみと死と 2009年元日のガザ

2009年1月1日 6:34PM


2009年元日のガザはどのような姿か? 
死がガザを覆い尽くしている。嘆きと悲しみが2009年という新年の挨拶なのだ。
血と大量の死体の匂いがする!毎分のように悪い知らせが新たに届く。
爆発音、爆撃、ミサイルの飛来音、崩壊、荒廃、イスラエル無人機、
アパッチヘリその他の軍用ヘリ、F16型戦闘機、足元を揺るがす大地。
破壊の跡がいたるところに。死体、千切れた四肢、泣き叫ぶ子ども、
幼子や夫を探し求める母親。


どこに行けばいいのか、どこに隠れればいいのか、誰にも分からない!
イスラエルの攻撃のもとでは、安全な天国などどこにもありはしない。
市民社会の施設さえ標的にされた。法務省、教育省、文化省が破壊された!
モスクも手ひどくやられた。うち6つは過去のものになってしまった。
これらモスク周辺の何十という家も蹂躙され、粉砕された。


人々は死に、また傷ついた。今日、2009年1月1日までに、攻撃で2000人以上が負傷し、420人以上が殺された。この数字には50人を上回る子どもたちが含まれている。


今日、ガザ市だけで、20回以上の空襲が実行された!最後の攻撃で、ジャバリーヤ難民キャンプの4階建ての建物が破壊され、少なくとも15人が殺された!


このメッセージを書いているさなかにも、ガザ市北部、シェイフ・ラドワーンで5階建ての建物が数分前、イスラエルの軍用機によって粉々に破壊されている!
爆撃についてこれ以上、書き続けることができない、たった今、3回目の大爆発が起こった!

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京都の岡です。

ガザのアブデルワーヘド教授からのメッセージ(その19)をお送りします。


*****転載・転送歓迎*******

ガザが再び燃えている

2009年1月1日10:45PM


法務省(新築)、教育省(新築)、囚人問題省、立法評議会(新築)、両替所3軒、モスク3つ、民家3軒、移動中の車2台、そしてその他の建物も、空と海から、二度、三度と攻撃された。古い地元の石鹸工場も今朝、攻撃された。


無人機とF16が何機か今まさに空を飛行中だ。朝には20機もの航空機が空にあった。昨夜、ガザの人間は1分たりとも眠れなかった!


イスラーム大学のイスラーム研究の教授でハマースの指導者であるニザール・ライヤーン博士が今日、殺された。F16がジャバリーヤ難民キャンプ中央部にある彼の4階建ての自宅を爆撃したのだ。彼の4人の妻たちと9人の子どもたちもいっしょに殺された。これまでの捜索で彼の家族14人が瓦礫の下敷きとなっていることが判明している。同地区の住居多数が大きな被害を受けている。いくつかは人間が暮らせる状態ではなくなってしまった。


ライヤーン博士は前にイスラエルが侵入したとき、戦闘で息子二人を亡くしていた!
あらゆる形で、毎分のように、ガザが再び燃えている!

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京都の岡です。
ガザのアブデルワーヘド教授のメッセージ(その20)をお送りします。

****** 転送・転載歓迎 ******

真夜中のガザ


2009年1月2日 1:41AM



完全な暗闇だ。ガザ市内の80%以上がすっかり闇に覆われている。
この暗闇のなかでは自分の指さえ見えない!
一方、家の外では、無人機が頭上で唸り、軍用ヘリが空を徘徊している。
家のなかに目を戻せば、子どもたちは就寝時間になっても床につきたがらない!
悪夢や爆撃、爆発を恐れているのだ。当然のことだ!



ルーティンとなった航空機の音が6日以上にわたり昼夜を問わず続いていたが、
それが突然、消えた。・・・爆発音。・・・継続する爆発音。・・・一連の爆発。
・・・ほかにも身の毛のよだつ爆発が複数。・・・爆風・・・遠くで燃え盛る炎。
・・・子どもたちがベッドから飛び上がる。恐がって・・・震え上がって・・・不安そうに・・・
どうしたらよいか分からずに!どこかに身を隠したい、でも、行くところなどないのだ。



まるでマットレスの下で爆発音がしているみたい、どうしたらいいの?と再び訊ねる。ただ待つしかないんだ!だが、どうしたら子どもに待つことを納得させられるだろう?しかも、何を待つというのだ? 今度は、救急車と消防車のサイレンが聞こえてくる。それでようやく我にかえる。自分がガザにいて、小さな発電機を動かして2009年新年に世界に向けてメッセージを書いているのだということに。

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