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バレエの『魔笛』、歌劇の『魔笛』


「魔笛」 ~ モーリス・ベジャール・バレエ団2017年日本公演

 

ベジャール・バレエ団の『魔笛』日本公演は、4公演のうち、あと1公演を残すのみとなった。

モーツァルトの歌劇『魔笛』は、オペラ歌手にふとましい方々が多いため、禍々しいはずの夜の女王に対比してか清純さを表す白いドレスの姫のつもりが、似合わないのにピンクハウスのワンピースをむりやり着ている年増に見えてしまい、女王の方が魅力的に見えることがある。なので、王子が姫よりも女王に魅せられて、彼女のために姫を救出する、なんていうエラーが起こりはしないかと妄想する舞台もあったり。


Diana Damrau - Queen of the Night (The Magic Flute)

 

まあ、歌劇の世界には『魔笛』に限らず、栄養失調による結核こじらせで早死になんてしそうにない『椿姫』、天使のように美しいというのは、生まれたての赤子のように丸々としているということか? と疑う『リゴレット』の娘なんかもいたりするのだが。とはいえ最近はトレーニング法が進化して、スリムなオペラ歌手もだいぶ増えてきた。たとえばこの『リゴレット』の娘なら、たしかに天使のように美しい。

 


RIGOLETTO from the Royal Opera House

 

バレエならこういう心配なしに、姫は姫らしく、王子は王子らしく若々しい。ただ、女王はトゥシューズを活かした振り付けで、ときおり蜘蛛のように怪しくはあったが、モーツァルトのあの「夜の女王のアリア」に匹敵する超絶技巧かというと、振り付けというより、ダンサーの年齢による迫力不足でそこまで比肩していないのでは、とときおり感じた。なにしろわたしが見た11月17日のソワレでの夜の女王役は、今年48歳のエリザベット・ロス。通常ならトゥシューズで踊ること、それも全幕通して踊ることが脅威とされる年齢なのだ。

 でも、夜の女王の若干の迫力不足を補って、ヘルメスの杖のような魔法の鈴を持った、パパゲーノ役のトリックスターぶりが舞台を華やかに仕上げていたと思う。振り付けで王子とトリックスターのバディ感も歌劇より心に残る。

そしてめくるめく秘数3の繰り返し! 三人の侍女、三人の童子、三つの神殿、三つの試練。物語が転がりだすきっかけの大蛇は長崎おくんちのようなつくりで、これも3の倍数の人数で構成されている。『バルセロナ、秘数3』を思い出す。

バルセロナ、秘数3 (講談社学術文庫)

バルセロナ、秘数3 (講談社学術文庫)

 

 ただ、三つの試練の第二、第三はかなりわかりづらい。第二、第三の試練は火と水なのだが、火は赤い布で、水は白や青の布で王子達を巻いたり翻弄したりするわけにはいかなかったのだろうか。そのあたりまで『バルセロナ、秘数3』の消化不良感・物足りなさに似なくてよいのだが……。

それでも、歌劇の『魔笛』では三人の侍女もろとも滅ぼされてしまう夜の女王が、ザラストロの金色の太陽のマントをくぐり抜けることで、夜の漆黒と星の銀色から、銀色と金色の姿になり、「夜」全体からその一部の「月」という太陽の光を反射するものへと矮小化されたのかもしれないけれど、再生したのはうれしかったし、そこに、ベジャールの愛を感じた。

 というのも、わたしは歌劇『魔笛』では、ザラストロは実は権力者にありがちな外面のいいDV男で、夜の女王があんなふうにヒステリックになったのはそのせいなのでは? と疑うことが多く、夜の女王に同情的なのだ。もちろん、このバージョンのような怖すぎる夜の女王だとそんな同情はわかないのだけれども。

 


The Magic Flute: Queen of the Night