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霊長類ヒト科アゲアシトリ属ジュウバコツツキ目の妄想多め日録

『ソクラテスの口説き方』

ソクラテスの口説き方
笑いというものの作用のひとつにはいろいろとネガティブな感情を溶かす作用があるが、この本の笑いはすごい。感情を溶かすどころか、無化するパワーにあふれている。いや、『パワー』とか『あふれている』というようなポジティブな言葉は適当ではないのだが、そう書かざるを得ない言葉の力がこの本にはある。なんというか、元気になるはずの整体で揉まれまくってぐったりと、もうなにもかもどうでもいいという感じにさせられたときのような、そんな感じ。

ただ、整体で揉みほぐされる過程で「ううー」「おおー」とか声が出てしまう場合があるように、この本は読んでいるときに肩が震えたり、なにかが腹の底から振動としてこみ上げてくる作用もあるので、電車内読書には時として向かない。

ちなみにまだ絵描きとして確立する前、『たけしくん、ハイ!』に見られるようなたけしの絵をさらに崩したような、ヘタウマとさえ言っていいのかどうかわからない挿絵にも脱力させられる。なんというか、モデルとされている人物(とくに著者の奥様)はこれを見てよく著者を半殺しの目に合わさずにいられるな、と思わされる線という名の悪意で描かれた絵なのだ。

その悪意のこもり具合はしかし、幼稚園児がストレートに自分の感情を込めて描いているかのごときまっすぐさなので、むしろモデル本人が見ても腰砕けになってしまっている可能性は高いのだが。

さいきん、形而下的な悩みが多いわたしは、哲学者である著者が形而下の問題を形而上的に扱うことで問題自体、時には自分自身のスタンスさえ溶解させてしまう、強力にして驚愕のこのエッセイですっかり脱力させられた。既刊のエッセイ集も折に触れて買っていかなければ!