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映画『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』@新宿武蔵野館

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平日でサービスデーでもないのに、新宿武蔵野館はけっこう入ってました。バレエファンではない、ソ連クラスタというか、ロシア語クラスタのご老人がちらほらいたのが興味深かったです。「久しぶりにロシア語聞いたよ~」なんていう会話をしているおじいさまが、もう一人のお連れさまには英語で話してたり。

わたしにとってはバレエ映画というより、懐かしのジョン・ル・カレあたりの東西冷戦スパイもののような緊迫感。ファッションの時代考証はもちろん、空港ロビーの椅子、パリの街を走るクラシックな車たちも「あの時代」を再現しています。

わかりにくいと批評されていた時間の交錯は、ぜんぜんわかりにくくありませんでした。ソ連という国家に縛られていなくても、人生の重要な転機には、あんなふうに過去の転機が思い出されるのはふつうのことだと思うし。時間の交錯ということでは、エンドロールで実際のヌレエフが海賊のアリを踊る映像のあとに、そのシーンの音楽がかかったりと時間差で揺さぶられました。

 

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ルドルフ・ヌレエフの亡命シーンは、もうとにかく怖すぎました。フランス側も手慣れてるのがまた……。中学くらいまでソ連や中国などの共産圏の大国に抱いていた恐怖のイメージがまざまざと蘇ります。

というのはわたしの祖父は国立大で化石を掘る仕事をしていた関係で、国交正常化後からすぐ中国やソ連含む世界中の大学との共同発掘に出かけていたのですが、中国とソ連の滞在中の自由のなさ(と、一般人民のやる気のなさ)について、幼少時、祖父がほかの大人に話すのを繰り返し聞いていたのです。「ありゃあ、うっかり化石のかけらでも空港の荷物チェックで見つかったら、帰っちゃこられないよ」という冗談めかした言葉と共に。

 

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そんなわけで亡命シーン後は緊張と弛緩で涙。ここではまだ感動する余裕はありません。エンドロールで実際のヌレエフがバレエ『海賊』のアリを踊った映像のあとに、そのシーンの音楽がかかったりと時間差で揺さぶられたあたりで、急に込み上げるものが。でも自分が何に感動しているのか、ぜんぜん言葉が見つからない。終映後、入ったトイレ内に貼ってある森下洋子さんのコメントが、その言葉にできない自分の気持ちに6割くらいフィットしていて、しばらく個室内で泣いてしまいました。

ほかにも、冒頭からキーロフ(今のマリインスキー )バレエ団がパリに到着してヌレエフが一人で(でも離れたテーブルで監視付きで)カフェでの時間を過ごすあたりまでで彼が漂泊する魂を持って生まれてきたことがはっきり示されるところや、少数民族出身で不利益を被っていることをうかがわせるところも中国とチベットを思い出してつらかったり(なんだかんだ言ってロシアのバレエはいわゆるロシア人的な容貌が重視される世界だし)、バレエ団に付いてきたKGBの脅しの言葉から現在のチベット人の状況が思い出されたりとか、嗚咽の理由はたぶんいろいろ。

そんなわけで、動揺し過ぎて森下洋子さんのコメントが載っているだろうパンフレットを買わずに出たのもあり、また渋谷あたりで見直そうと思います。ピエール・ラコットの頼れる兄貴っぷりをもう一度見たいし、今度は少しは平静な気持ちで見られると思うから。

 

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