同人誌の文字校正
12月18日、待降節もクリスマスまで一週間ほどになりました。このエントリは書き手と編み手の Advent Calendar 2019の18日目です。
一昨年の編集とライティングにまつわるアレコレ Advent Calendar 2017には「国政選挙は新聞社の『まつり』」でおそるおそる参加、去年は「んー、 ネタがない!」と見送っていました。今年は 書き手でも編み手でもない、強いていえば読み手の立場からの同人誌の文字校正に ついて書いています。
プライベートな校正いろいろ
ボランティアに関しては、 これは主にチベット人にかかわる人道支援ボランティアなため、 誤字脱字は洒落にならないので校正するのは当然にしても、同人誌に関しては、自分も同人誌(以下、薄い本) を書いていて忙しいのに、なぜサークルメンバーの原稿まで? と自分でも思う。なにしろ公私ともにダントツ納期がキツいのが、この薄い本の校正なのだ*2。
では、なぜ? それは数年前、 他サークルの薄い本の誤字脱字衍字のあまりの多さに、 失笑と困惑を禁じ得なかったことに端を発する。
私的校正センサー基準
わたしはお金をやりとりして入手するテキストの表記に、 校正者・校閲者としてというより読者として、 ある程度のクオリティを期待してしまうたちだ*3。そして世の中にはあんまりひどくて、ネタとして消化するしかない誤字脱字衍字落丁のある商業出版物もある。
さて、わたしの「お金をやりとりして得たテキストの表記にある程度のクオリティを期待する」スタンスは、対象が薄い本でも変わらない。その上、昨今のたいていの薄い本は商業出版物より高価だったりする。
だが、その他サークルの本は、お店のファンブックという性質上、
外食にたとえるならば、美味なるお菓子を食べていたら、 そのお菓子がのっていたのが金彩があちこち剥げて縁の欠けたお皿だったことに気づき、衛生状態も気になりフォークを置いてげんめり*4するようなものだ*5。
校正的に自サークルの本を顧みれば……
そこでふと、自分が薄い本を出しているサークルの本を顧みる。 わたしが薄い本を出しているサークルは暗黒通信団といって、 基本的には理数系の薄い本を出している。 このサークルが発行するほとんどの薄い本は安価だ。 ちょっとした誤字脱字衍字を見つけても、目くじらを立てる気にもならない値段である。
しかし、同人誌界で知られているように、このサークルの薄い本にはISBNが付いている。このため、 地方小出版という取次を通して書店展開が可能であり、 実際に全国各地の書店に配本されている。
となるとこれは、一冊一冊は安価とはいえ、 通常の薄い本より誤字脱字衍字がある場合の責任は重いのではないか? そこで暗黒通信団が発行する薄い本のうち、可能なものに関しては、時間の許す限り校正することになった。
・てにをは
主語・述語・目的語をつなぐ「てにをは」に不自然さを感じたら著者に指摘。 どんなにクールな数学的知見が著わされていても、「てにをは」が適切ではないために伝わりづらい、 もしくはそこからボタンの掛け違いが始まり、結局、 なにがクールなのかわからなくなってしまう、ということが起こらないよう、まずここをチェック。 一文が長すぎて「てにをは」 が迷子になっていそうな場合も同様に、適宜「、」や「。」を入れる提案をする。 ・漢数字・洋数字・ローマ数字などの統一
一行目では「一つには」とあるのに、次の行では「2つあるうちの」となっているような場合から、 本文と図に振ってある数字や記号が同種であるかどうかなど。 こういうのは学習参考書やドリルの校正をしている人が得意なのか も、などと思いながら校正する。 ・略称
著者にとって自明すぎるために、理数系用語が初出で略称ということがよくある。 もしくは書いているうちにテキストの前後を入れ替えたために、「正式名称(略称)」の初出が後段になっているなど。 ・固有名詞の確認数学者名などは検索して一般的な日本語表記を確認。
などを徹底する。
さいわい暗黒通信団の薄い本は、 ふだん文章を書き慣れている著者が多いこと、また、 若者を理数系の沼に引き込むことを目的にしているものが大半なために、筆致は易しい。そのため、文系のわたしでも、 このようなやり方でも校正ができているのである。
プライベート校正、もう一つの理由
ところで完全に専門分野外の暗黒通信団の薄い本を、なぜ校正するのかについては、もう一つ理由がある。
かつてわたしが大学院生だった際、紀要の特集号的なものの編集委員になったことがあった。その編集作業中に、とある寄稿者Aの論考に「てにをは」の間違いを見つけた。同じく編集委員の先輩Bに「これ、直さなくていいんですか?」と聞いたところ、「本人が気づいて直さない限り直さない」と言われたのだ。
いや、もちろんわたしとて、編集委員の特権で以て勝手に直すつもりはなく、Aさんに「これ、直さなくていいんですか?」と聞いたほうがいいのでは、という意味で聞いたのである。その旨、再度、Bさんに話したが、返事ははかばかしくなく、結局その部分が直ることはなかった。
しかし、瑕疵があるのが印刷前の段階でわかっているのに、それを改めずに出版することは、それを読む同僚や先輩、先生方、そして少ないかもしれないが将来の後輩に対する背信ではないだろうか。その頃、院生との二足の草鞋で編プロで働いていたわたしとしては、読者に不親切なまま、この本を発行してよいのだろうかと忸怩たる気分になった。この本は、のちに長崎の丸善から取り寄せ依頼があったほどによく読まれた一冊だっただけに、今でもかすかにその気分は消えないでいる*6。
暗黒通信団の薄い本は、数学に興味を持った学生が数学好きの教師から知るということもあるという*7。分野と状況は異なるが、校正漏れによる不幸な事案を一つでも減らすことができれば、というのが、わたしが完全専門外の理数系薄い本の校正をする理由の一つなのだ。
*1:なんなら頼まれもしないのに、通勤中には車内吊りやシール広告の文字表記チェックも無意識にやっている。
*2:今回の冬コミだと21時過ぎに「明朝まで40ページお願い!」とかね……。
*3:なお、誤字脱字衍字についてブログやブコメで書くと「うわああ、(中略)私のブログ何て、誤植だらけだなあ」などとおっしゃる方がたまにおられますが、noteなどの有料ブログでない限り、無料ブログのそれらは気にならないので、ご安心を。だって、「無料で」読ませていただいてるわけですから。ただしインターネットは双方向メディアなので、こちらもブクマなどで誤字などを指摘することはあります。ちなみに誤植は活字を誤って植字すること=印刷物における誤字脱字衍字を指すので、ブログのような電子媒体に使うのは、ちょっとどうかとは思います。
*4:げんめり=友人間で流通している幻滅とげんなりの合成語。
*5:さいわい外食でここまでのケースに遭遇したことはないのだが。ちなみに今夏のコミケで入手した薄い本でも、
確かな確信 →(朝の朝食的な。「確かな」のかわりに「重い」などが入ればOK?)
図①②③④⑤⑥ 解説①②③①②③ → 解説①②③④⑤⑥ ?
土地と無関の → 土地と無関係の ?