読んだり食べたり書き付けたり

霊長類ヒト科アゲアシトリ属ジュウバコツツキ目の妄想多め日録

レッスン覚え書き

・月二回と月四回の差

十月は二回しかレッスンに行けませんでした。その分、旅行に行ったりしていたので仕方ないといえばそうなのですが。

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今までこういうことをしていたところ、

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響灘でパノラマ撮影を覚えました

そして気づくと月二回しか行けない月と、四回、つまりほぼ毎週行ける月が交互にやってくる気がする……。無意識に月四回行ったあとは月二回にしている、というわけでもないのでしょうが、月二回しか行けなかったあとのレッスンは、三週間とか間隔が空いてしまうので、「サボると身につかない」をまさに身体で実感します。

 

・レッスンと音楽
レッスンスタジオの音響システムにはミュージカルナンバーの練習用バージョンも入っています。で、あまりバレエ音楽で練習することにこだわりのない先生だと、スタジオ備え付けのシステムのみで練習することもあります。
そうすると、ミュージカル『アニー』のあの有名な曲「Tomorrow」に合わせての練習になったりするのですが、正直、微妙……。到達できるかはともかくとして、白鳥とか姫とかを目指してレッスンしているのに、脳内にあの赤毛の爆発頭の女の子が出入りして、気が散るのです。

 

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ところで先生がバレエ音楽の練習用を使う場合、最初はテンポの遅い短調もしくはメランコリックな曲に始まり、だんだんとテンポの速い長調の曲へと遷移していきます。つまり、テンポの遅い曲=短調長調の曲=テンポが速い、と体感で記憶しているところに、「Tomorrow」というテンポが遅くて長調の曲が流れると混乱する、というのも気が散る理由かも。

『白鳥の湖』シュツットガルト・バレエ団@東京文化会館

フォーゲルとアマトリアンの『オネーギン』と同じ主役ペアでの『白鳥の湖』。同じペアで見た『オネーギン』もそうでしたが、メリハリ効いたアリシアに持ってかれたというか、最後まで運ばれた感じが強い『白鳥』でした。とはいえなにかこう、釈然としないものが残って、薄紙一枚のところで没頭しきれなかった気がします。

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というのも王子のキャラクターがいまいち理解に苦しむものだったから。
オデットと出会ったあと、舞踏会でロットバルトとオディールが登場する前、本来のお見合い候補の姫君たちが踊っている間も、「はいはい、いくらアピールしてもぼくはもうオデットちゃんに決めてますから~」とばかりにニヤニヤしているのです。

そして、王子はオディール登場の最初から満面の笑みで、なんの疑いもないご様子。なんなら「フォーマルだから黒のドレスに着替えてきてくれたんだね!」とでもいわんばかりの笑顔。結婚を誓おうと女王の前にオディールを連れて行っても、良心の呵責のようなオデットのまぼろしが出ないのが、完全にオディールをオデットだと信じ切ってた感に拍車をかける。なお、オデットのときと打って変わって、オディールは悪そうでとてもよい!

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そんなふうに王子が完全に逝っちゃってる一方、舞踏会に現れた禿頭面白メイクのロットバルトに女王も宮廷の女性たちも、そしてわたしも、「……」。宮廷の方々は王子以外はオディールともどもロットバルトを胡散臭げに眺めています。っていうか、女王は真顔でめっちゃ見てる。まああのメイクなら、そりゃ、見ますよね普通は。今回のクランコ版、ロットバルトが禿頭の面白メイクおじさんじゃなくて凄腕悪魔な外見なら、「天変地異レベルの洪水を起こして王子は溺れ死んでしまいました」がまだ納得できるのですが……。

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ちなみにロットバルトが禿頭じゃなくとも、げげっと思うような外見で舞踏会にやってくるのはほかのバージョンでもあるのですが、その際に面白メイクおじさんのロットバルトと女王が和やかに談笑してると、「おいおい、明らかにそいつ胡散臭いだろ。大丈夫なのかこの女王にこの王子でこの国……」と思ってしまいます。

それでもってそんな女王は王子が「この人と結婚を決めました!」とオディールを伴って宣言すると、心から安堵したり喜んだりするのです。それを見ると、「女王がこんなボンクラだから王子もまんまと騙されるんだよ!」と思ったり。

 

ですが今回の女王は、王子の「彼女と結婚したいです!」の訴えに安堵感などなく、「はいはい、この中からね」と四人の見合い相手を示す始末。

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最後の王子とオデットのパドドゥは、ロットバルトが現れてからはオデットがどんどん弱っていくので、ちょっとマノンの沼地のパドドゥっぽさがありました。マノンとは男女逆に王子は死に、オデットはロットバルトに連れ去られるのを見て、「また別の国のぼんくら王子に対して使われるのかな」と思ったり。

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それにしても、オデットは王子のどこを好きになったんでしょうね……。白鳥でいる時間が長くなればなるほど、生き残るために利用できそうなものは利用する、という動物っぽい行動原理になってしまったのか? あえて言えば王子の仲間が白鳥たちを射ようとしたのを止めたから、なのでしょうか。狩りの獲物になるものを見つけても、がつがつと狩らないところがよかった、とか? それにしても今日のはわかりにくかったなあ。

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終演後はソファでアンケートを書いてから空いたお手洗いに行き、『オネーギン』のBDを買って出ようとしたら、入り口カウンターで演出についてなにか物申したいおばさまがたが係の方に声をかけてました。ソファでも「彼をあんな風に扱うなんて!」と慨嘆してた方が。うーん、でもかなりアホ王子的な役作りだったと思うので後者は仕方ないのでは。

前者に関しては音楽については、かなり無理に繋げてるところもあって、うーん、と思うところも。むしろもう繋げず使えばよかったのに。振り付け的に無理だったんだろうけど。その点、どうしてもロイヤルのリニューアル版と比べてしまいます。

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衣裳はロイヤルよりも見応えあったかも。とくに群舞の衣裳はいちいち素敵で、かなりカブキグラスが活躍しました。とくに第一幕第一場の領民の胴着の刺繍や柄! そして、カブキグラスを使っていたので舞踏会での王子のニヤニヤがしょっちゅう目に入ってしまった、というわけです。

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◆おまけその1

しかし、この日の東京文化会館はマナーのない大人が多かった……。鈴の音とか(なぜ鈴? 応援上映じゃあるまいし)、ドロップ入りの缶をカラカラ言わせてる音とか、休憩時間に後ろから突進してきて押しのけていく年配女性とか。最後のは「うわ野蛮」と思わず見たら、「早くどかないのが悪い」的な悪態をついてるし。こんなに優雅で感傷的な悲劇を見に来ていて、そのような心持ちになれるのが不思議。

 

◆おまけその2

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今回のパンフレットより。やっぱりそうですよね! ブログにもかつてそれを書いたら非難コメントがついたりしましたが。

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◆おまけその3

タチヤーナ腐女子疑惑、勃発。

 

 

 『白鳥の湖』を見た後に会場で買った『オネーギン』のBD、自分が見たのと同じくフォーゲルとアマトリアンなのですが、手紙のシーンの表情を確認するのが今から楽しみです♪

https://twitter.com/chevre/status/1058751810666549248

『オネーギン』『マチュー・ガニオ ポートレート』『ボリショイ・バレエ 2人のスワン』

シュツットガルト・バレエ団メンバーの初日か、『オネーギン』が国民的作品の国のバレリーナのディアナ・ヴィシニョーワがタチヤーナの二日目か、それともオネーギンがパリ・オペラ座バレエ団のマチュー・ガニオの三日目か、悩みに悩んで初日のチケットを取ってから、『オネーギン』公演期間三日間がすべて休みのシフトに決定……。しかし、時間はあるけど全公演通しで見られるお金はないというつらさ。

なので二日目はマチュー・ガニオがオネーギンを踊るシーンの入っているDVDを自宅鑑賞、三日目は下高井戸シネマでバレエ映画を見ていました。

 

◆『オネーギン』フリーデマン・フォーゲル、アリシア・アマトリアン、シュツットガルト・バレエ団@東京文化会館

フォーゲルを見に行ったつもりが、アマトリアンに釘付けだった。ロビーのお花は来週の『白鳥の湖』に合わせて活けられた印象。舞台は美術もよかったです。第一幕で下手に屋敷の書き割り、上手は青空なのが、その空であるところに下から中央まで謎のラインがあって、なんだったんだろう?  というような不思議な点もあったけど。

 

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エリサ・バデネス、軽はずみなオリガ似合い過ぎ。アマトリアンのタチヤーナは本の虫で地味で内向的な喪女演技がすごい。まあ、この子にあの恋文もらったらイラッとする気持ちもわからないでもない。パーティでも公爵は彼女よりオネーギンと話したがってるし。

だからこそ公爵夫人になったタチヤーナの開花ぶりが眩しい。最初、彼女に見つからないようにキョドるオネーギンは、あの日のタチヤーナと立場が入れ替わったかのよう。夫妻が席を外しても、社交界に事情を聴ける知り合いもいないオネーギン。

けどそういう自分の立場を自覚してないのか、タチヤーナに恋文書いて、公爵の留守に忍び込むけど、もはやあの内向的なキョドってた田舎の少女ではない、公爵夫人たるタチヤーナに手酷く追い返される。でもそこでオネーギンに「ざまあ」と思えないのは、誰でも何かしらこうした若気の至りに心当たりがあるからじゃないだろうか。

演奏は、レンスキーが決闘の場に着いて踊り始めるときに音が大きく二回外れたのは残念でした。たぶんオーボエオーボエ難しいのはわかるけど、ミスの数もちょっと多すぎませんか東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団さん。

 

一夜明けて、アリシアの喪少女演技と夢の中の理想の自己、公爵夫人になってからの輝き、夫々のギャップの余韻醒めず。それを支えていたのはフォーゲルの隙のないテクニックだったな、と思い返したり。

フォーゲルのオネーギン、ほんとこのリンク先の二枚目からの写真たちのような「若いときの神経質な狭量さが乙女タチヤーナには繊細に見える」演技で秀逸でした。その神経質なところが歳経ても自分にしか向かないのが、今度は自分が手紙を破られるという事態に繋がる感じ。ほんと『オネーギン』って「昔、俺がふった女は俺のことずっと好きなはず」系クズ男をよく描いてる。

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「え、出てけって言った? いま、ぼくに、出てけって、言った?!」みたいなフォーゲルのこの表情! それにしても上のインスタ一枚目の若いときのタチヤーナと、こちらの歳経てからのタチヤーナ、同じ人物が演じているの、ほんとにすごい。

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ところで舞台の透かしの幕で、オネーギンのイニシャル「E.O」の周囲に書いてあった「quand se quitte pas honneur,il n'existe d'honneur」(うろ覚え)が禅問答のよう。原作にある言葉のフランス語訳なのかな? パンフレットにそういったことの説明が載っているとうれしいのだけど。

さて、こちらが今回のマチュ―のオネーギンになります。こんなにオネーギンが美しかったら、その周辺で悲劇が起こるのは仕方がないことだと思いませんか……!

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◆DVD『マチュー・ガニオ ポートレートパリ・オペラ座 究極のエトワールー』

というわけで見よう見ようと思っていた『マチュー・ガニオ ポートレートパリ・オペラ座 究極のエトワールー』。

 

 

原題は『Mathieu Ganio UNE ETOILE ROMANTIQUE』。原題はほんとそうだなあと思うのですが、これを日本語訳せよと言われると、難しい。究極だけどまずマチューの資質としてromantiqueなのが先に来るのであって、うーん。

それにしてもマチューは髭面でも美しいですね。解説の表紙や付いていた絵葉書の舞台姿は、男性ダンサーというより、ほとんど宝塚の男役のようなロマンチックさ。今日まで東京文化会館シュツットガルトバレエ団の『オネーギン』をやっていて、マチューも最終日に客演していましたが、オペラ座で踊ったときの映像もこのDVDにはあり、「この美しさのマチューのオネーギンなら魔性様だから、まわりが巻き込まれて自滅、本人も破滅してもしかたない……」としか思えない美しさ。ああ、やはりもう一日、チケット取るべきだったか……。

エトワールになって13年のベテランでもこうなのか、というところもちょっとあるけれど、生まれる前からエトワールへの道が準備されていたかのように、苦労を感じさせないのもあのお顔ならではのギャップかも。ただ、本人曰く、かなり繊細で、すごく考えすぎるタイプ、というようなことを言っていたので、常人には窺い知れない苦悩がありそう。

そして、もう引退したオペラ座女性エトワールとの映像がかなりあり、贅沢な気持ちになれます。

 

◆映画『ボリショイ・バレエ 2人のスワン』@下高井戸シネマ

今年の夏、暑すぎて見そびれていた『ボリショイ・バレエ 2人のスワン』を下高井戸シネマで。下高井戸シネマでは11/9(金)まで毎朝10:00から上映中です。以下、ネタバレありです。

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実際のバレエ学校やボリショイ劇場で撮影されているところに、「うわー、ありそう」なエピソードと、「いやいやいや、いくらなんでもそれはないでしょ」というエピソードをうまく組み合わせてドラマチックなフィクションにしてあります。

お金持ちの娘で『ガラスの仮面』の亜弓さんみたいな高潔な魂のライバルと思いきや、それはまだ彼女に余裕があったからで、後半そんな彼女がいきなり牙を剥いて毒を吐く、はありそうだけど、すでに正団員でプリマで『白鳥の湖』の主役なのに、自分のその毒や彼女の親の悪行が回り回って毒として作用していったん舞台から降りる、は、いやいやいやボリショイのプリマならそれでもそこは踊るでしょ? とありえなさを感じたり。

だって、ボリショイで白鳥を踊るって、こういうことですよ?

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フィーリン その後torinosaezuri.wordpress.com

それでも、その空いた主役を、ソロイストではあるけど代役としてノミネートされていた貧しい家庭育ちの主人公が踊る前の葛藤(貧しい家庭育ち、反抗心旺盛でなかなかうまく行かない人生で、棚牡丹のオデットが受け入れられない、踊ることについて母親からぶつけられた言葉がたぶん足枷になっている、ニコラ・ル・リッシュ演じるスターダンサーとの縁の不思議などなど)がリアルで、力技で納得させられました。

そして流れるバレエ音楽もいい出来なのですが(エンドロールで流れるバレエのメジャー作品メドレーとか。チャイコフスキーだらけですけども)、認知症を発症した伝説のプリマの部屋に流れる置き時計の音など、映画館で聴くことに意義のある音の設計も、また心を打たれました。

バレエ学校のシーンでは、「指先は真珠を持っているように」「腕は雲を抱えているように」というバレエ教師のチェックになるほどと唸ったり。雲を抱えていたら、その天に戻りそうな軽さに押し上げられて、自然と肘が上がるはずですもんね。

散発日記

某月某日◇認知症への心理的備え

親の認知症対策の本を読んでいます。最初は憂鬱になるけれど、凄い症状が次々出てくるので、「あー、これはそういう悪さをする妖怪を観察のために飼ってると思ったほうがいいな」と思えてくるほど。

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某月某日◇天高く馬肥ゆる秋

温泉旅館とか帰省した夫の実家での豪華な食事で増えた体重が元に戻りません。コンビニやミスドのハロウィン限定お菓子とかを食べてたのもよくない。会社のお弁当にベースパスタ持って行くなどしなければ、と思いつつも新米ごはんできのこごはんなどを炊いてお弁当を作る誘惑が……。

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某月某日◇実写版『人狼』補遺

・写真展のタイトルが意味するもの

南山タワーで行われている写真展のタイトルはドイツ語で「Die Mauer」、意味は「壁」。ドイツと壁といえば「ベルリンの壁」。

映画の中の写真展をそのように設定することで、製作者は南北統一への希望を重ね合わせたのではないかと思えます。また、原作のアニメ版が、「第二次大戦後、戦勝国のドイツに占領された日本」へのオマージュもあるのかも。

 

・ラストで二人が乗る電車の行き先は?

ハングルが読めないのでわかっていなかったのですが、このようなツイートを発見。

 

 

ここにもやはり、南北統一を明るい未来としてとらえる視線を感じます。暗くて未来のないアニメ版をネガとすると、実写版は未来志向のポジとして最初から設計されていたんだろうな。

ところで視線といえば原作のアニメ版『人狼』は、常に対象をスパイする誰かの視線を通して見ているような画面作りでした。実写版ではその視線は現実化した顔認証システムで代替されているので、アニメ版にあった、常に誰かの視線越しに映画を見ている薄ら寒さは質が違うものになっています。

それにしてもこういうの、映画館で公開してくれたらパンフレットに書いてありそうなのに。ああ、映画館で見たいなあ〜。

 

某月某日◇ダサい飲み会

しばらく前にネットで話題になった「ダサい飲み会」を仲間内でもやろうということになり、がんばりましたが……。

 

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「ぜんぜんダサくない」「むしろそういう人、いる」「制服着て山脇の生徒に混ざったら、後ろから見たらわからないよね(三つ編みおさげにしていったので)」などなどの評価で不発……。

しかしワタクシ、一か月強の準備期間に、「ダサさ」についてかなり考えました。

・敢えてスーツとか事務の制服で行く
「ダサいファッションの飲み会」にTPOが合わない=行動がダサいだけ。ファッションがダサいわけではないから没。

・全身スポーツウェアで行く
スポーツウェアって、普通の服として見ると最初から幾分ダサいので、飛び道具的にズルいのでは。……でも結局、バレエのレッスン時に使っている柄スパッツを履きました。ほかにもスポーツウェアを取り入れた参加者あり。

 

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これでダサくないってさあ、ハードル高すぎ!


なお、わたしは毛玉だらけのおばあちゃんっぽいカーディガン、ベージュっぽいラメのタートルネックに生地がぺらぺらの騙し絵Tシャツ重ね着、スポーツ用スパッツ、紫色で薔薇柄のタビックスに雪駄、バイクと車の部品メーカーのキャップ、あちゃちゅむビスクドール頭部ポシェットというちぐはぐな格好で行きました。これで下校時の女子校生でいっぱいの電車に乗り、渋谷の109の七階の可愛いフォトスポットで待ち合わせ、写真を撮って近くのおしゃれレストランに行って食事という強行軍。ハロウィン直前の週末じゃなければ敵前逃亡していたかも……。

実写版『人狼』を映画館で見たい!

日本では10月19日からNetflixで配信開始された実写版『人狼』を見ました。以下、まずはなるべくネタバレなしの感想を。

 

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原作の風景を執拗なまでに実写化する情熱と、2029年というすぐそこの近未来SF映画としての換骨奪胎がうまく両立していて、ストーリーの改変箇所も無理はありません。

押井守作品の実写化だったら、トレスした豪華なファン・ムービーみたいだった『ゴースト・イン・ザ・シェル』や、本人による劣化コピーのようだった『ガルム・ウォーズ』じゃなくて、こういうものが見たかったんだよ!と満たされた気分に。

冒頭、「え、そこはそのままでいいの?」と思ったり、ラストは「甘口じゃない?」と思いつつも、それもいいかなと思えるほどの完成度の高さ。原作にはない三人目の「赤ずきん」には、ちょっとドキッとしたりもしました。戦闘するプロテクトギアもしっかりたっぷり見られたし、たぶん吹き替えで、少なくとももう一回は見ます。というか、映画館の大きいスクリーンで見たい!

あと、期待していなかったのですが、腐女子にとってはなんといってもBL妄想が捗ります。男社会の軍事もの、警察ものとかスパイものではありがちといえばありがちなんだけど、髪形や衣装がまたそれを引き立てていて、たいへん素晴らしい。徹頭徹尾わかりやすかった敵役は、ミッチーがやったら似合いそう、なんて思いながら見てました。原作でもミッチーにやってほしい感じではあるんですけどね。

 

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ところでこのネトフリ版『人狼』、見終わると原作もすぐ見たくなってしまうのが、真夜中視聴者には困り者。見終えて二時間弱は頭が睡眠モードにならなくて、朝刊が配達された音を聞きつつ寝ました。これなら原作を続けて見てもよかったんじゃ、いやそしたら見終わってからまた二時間眠れなくなるからダメか……。

映画に限らず名作やカルト的な人気の作品がリメイクされると原作のすごさや粗さが改めてわかるものだけど、今回は前者が大きかったと思います。というのも、アニメ版『人狼』の手描きでのあのナチュラルな動きはやっぱりすごかったんだな、と思い出し鳥肌したから。

実写版はかなり原作に忠実な見た目で作られているのですが(たぶんものすごく押井守ラブな人たちなんだろうな〜)、それによって生きた人間がした動作を撮影すればなんてことない動き、現物としての装甲や銃器の重量感を、手描きで起こしてかつナチュラルに表現していたアニメ版のすごさが逆照射されてくるのです。あらためて原作のアニメ版『人狼』への、当時の才能あるアニメーターの集結具合に感嘆するばかり。

さて、次の動画のあとはネタバレとBL妄想全開になります。読みたくない人は引き返してくださいね。

 

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もう一度、書いておきます。これ以降ネタバレとBL妄想垂れ流しなので、そういうのが苦手な方はここでページを閉じましょう。いいですね?

 

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いやあこの実写版『人狼』、もうね、BL的にヤバいです。

わかりやすい敵役が追い詰められたときの言葉、「俺とお前の何が違うっていうんだぁあああ!」は、原作にもあるセリフですが、ここでは上官のもとに残れなかった敵役の彼からの、上官のもとに残っている主人公への怨嗟に聞こえるのです。原作とは違って、上官がまたいい男なんですよね。その上官のもとに残れているお前が憎い、とも聞こえてきてしまうのがBL脳。『装甲騎兵ボトムズ』でロッチナがキリコに向けて言うせりふ、「わたしがッ、異能者であったならッ!」を思い出すエモさ。

 

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そしてそして、彼女が処刑されるのを止めに来た主人公を上官が諭し、「せめて心残りがないようにおまえが処刑しろ」と二人きりにし、かつ主人公が処刑できなかったときのためにスナイパーをスタンバイさせていたのにもかかわらず撤収させ、上官が自らプロテクトギアを身に着けて始末をつけに赴くシーン。全体的に、「なんでこの女なんだ! 戻ってこい! さもなくば俺を倒していけ!」感がすごいんですよ。うあー、ヤバいヤバいヤバいBL脳汁があふれるわー、と思いながら見てました。

しかも最後の最後で上官、始末がつけられずに主人公を逃がしていたことが判明。そう考えると、主人公と彼女を隠し撮りした写真を、上官が火に焚べるシーンも、BL的に意味深!

そんなわけで、BL関係だけで妄想すれば、主人公←上官←敵役、っていう誰かが誰かを好きなんだけど、好き同士はどこにも発生していないっていうせつない世界になってるわけです。

こちら↓上官です。

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こちらが↓主人公。

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そして↓わかりやすい敵役。一人で写ってるこの映画関連の画像が見つけられず。左下の男性です。上官は右上、主人公は左上にいますね。

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さてBLの話はこの辺にして、映画の時代設定について。原作は、第二次大戦に敗戦後、ドイツの占領を経て復興に向かう、あったかもしれない過去が舞台のところ、実写版は2029年と、すぐそこに思える、あるかもしれない絶妙な近未来が舞台で、SFしすぎてないところが現実とのシームレス感が感じられて怖かった!

主な武器は銃火器なのですが、攻撃用ドローンや現在、中国で導入されている顔認証システムが、中国のお隣の韓国という民主主義社会で実用化されているという設定のリアルさ。ボストンダイナミクス社の歩行ロボが攻撃用として出てこないのが不思議なほど。公安の部隊は少佐のいない9課のようでもありました。

 

www.newsweekjapan.jp

 

また、作中で南北統一に反対する四カ国に日本が入っているのも、保守リベラルを自認して日本の中にいる身としてはリアルです。日本の貿易相手国上位に韓国は常に含まれていますから、南北統一に日本が反対して経済封鎖したり経済制裁したら、映画の中のように韓国の景気は悪化するだろうな、と考えられるし。

 

日本の主な貿易相手国 | JFTC キッズサイト | JFTC - 一般社団法人日本貿易会

 

そんなふうに、現実世界とかなりリンクさせつつも、原作を再現できるところはできるだけ採る制作陣の、積み重なる押井守愛のトドメを感じたのが、実写版エンドロール。アニメ版のエンドロールでも流れたこの曲が使われていたのです。アニメ版では痛切に胸を締め付けられる気持ちになるのですが、実写版ではアニメ版とは結末が異なっているので、別の意味でいろいろ考えてしまいます。せっかく上官が逃がしたのに、人狼は人の気持ちがわかるとはいえ、やっぱり人間とは一緒にやっていけないのだろうな、とか。

 

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それにしても、これを映画館の大画面で見られないのは残念です。期間限定上映とかやってくれないものだろうか。

 

お題「最近見た映画」

さよなら、香港ロジ

今週のお題は、「好きな街」。渋谷は「好きな街」だった。好きというより、馴染み深い街だ。幼少期、初めて通った歯医者は公園通りで、パルコの向かい、斜め下あたりのビルの中にあった。

虫歯治療というより、歯列矯正のために永久歯に生え変わった歯のうち、顎の骨に合わない歯を抜くために行っていたので、正直、行きたくなかった。行きたくなさを封じるために、母に加え、父方、母方の祖母が着いてきたこともあった。

そんな日の帰りに女ばかり三世代で寄ったのは、公園通りの坂を駅まで降りて、また道玄坂を少し登った朝日屋。蕎麦屋だが、わたしはまだ口の中が痛いので、うどんを冷ましながら食べさせられていたと思う。

その朝日屋は今年の夏の前に、突如閉店していた。

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夫の人が朝日屋の近くの、これまたよく行く餃子と長崎ちゃんぽん、皿うどんが絶品の長崎飯店でこれを愚痴ったところ、「後継者がいなくて」という事情だったと知った。長崎飯店のおばちゃんは「うちには来てね!」と言っていたそうなので、こちらはまだ大丈夫そう。

そして七月二日にはマメヒコ宇田川町店が閉店。

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マメヒコは同じ渋谷、それも例の歯医者のあったあたりの公園通りのビルにもう一つお店があるけれど、そちらは表通りに面した大きな窓から明るい光の差し込むリア充的なお店で、地下の宇田川町店の陰キャ的なところが好きな身としては、なんとなく落ち着き方に差がある。とはいえ顔見知りの店員さんもいるので、行けば落ち着けるのだけど、やはり宇田川町店の、初期の村上春樹世界のような昏さは求めるべくもない。

そして今月は、渋谷の桜丘で閉店が相次いでいる。「あおい書店」、ジャズカフェ「メアリー・ジェーン」、立ち飲みの「富士屋本店」、そして「香港ロジ」。このあたりは再開発されるそうで、それに伴ってのことなのだが、こう立て続けだとどうにもこうにもせつない。

shibuya-meshi.info

香港ロジは咸水餃(ハムスイコッ:五目揚げ餅餃子)が点心メニューにある貴重なお店で、10年くらい前はセンター街の奥に店があったのが、ビル解体とともに消え、桜丘店も再開発で消える。夫の人は「そうやって表面的に綺麗で中身のない街になって、ゾンビみたいに俯いてケータイを見ながらフラフラ歩く中身のない人間の集う街になるんだ」と悲しんでいる。

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わたしにとっても、馴染んできた「好きな街」だった渋谷は、過去形になりつつあるのがせつない。都市でも田舎でも、ふるさとというものの変化へのせつなさは、あまり変わらないように思う。

いつもと変わりない青菜の仕分け、雑然としたカウンター、現地式のそっけない接客。いつもと同じく美味しい茹で餃子と咸水餃、マンゴープリンを食べ、ジャスミン茶を飲んで、店を出た。さよなら、香港ロジ。


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今週のお題「好きな街」

オッペルか、オツベルか

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今日、ふと目に留まったネット広告。「サンタマリヤ」の表記だと、自動的に宮沢賢治の『オッペルと象』が思い出されます。

 

こどもにきかせたい童話~赤ずきん・ヘンゼルとグレーテル・オッペルと象・はだかの王様~

こどもにきかせたい童話~赤ずきん・ヘンゼルとグレーテル・オッペルと象・はだかの王様~

 

 

ところでこのオッペル、青空文庫だと「オツベル」なのですが、PEなの? BEなの? どっちなの? と調べたら、BEだけど初出からオッペル表記で、PE時代が長くて馴染んでいるから、両方あり、ということのようでした。

 

今日のゲーム(九月二十一日) - 大和但馬屋日記

 

ある晩象は象小屋で、三把の藁をたべながら、十日の月を仰ぎ見て、
「苦しいです。サンタマリア。」と云ったということだ。
 こいつを聞いたオツベルは、ことごと象につらくした。
 ある晩、象は象小屋で、ふらふら倒れて地べたに座り、藁もたべずに、十一日の月を見て、
「もう、さようなら、サンタマリア。」と斯う言った。
「おや、何だって? さよならだ?」月が俄かに象に訊きく。
「ええ、さよならです。サンタマリア。」

 

ふーむ、ではいつごろまでオッペルだったんでしょうね? わたしは子どもの頃読んだのがどっちなのかあやふやですが、オッペルな記憶。でもうちにあった古書の表記がそれだったのかも?

調べてみると、1973年の全集で訂正されたらしい。それなら、わたしの幼少期には、訂正前のものがまだ読まれていたということもありそうです。あの頃は、祖父母から譲られてきた本などもあり、社会的にも本というものが、まだ大事にされていたものでしたし。

ところでオッペルというとOPEL?と思ってしまうわたしは、オツベルのほうがニセモノっぽく感じます。でも本来はオツベルなのかぁ。宮沢賢治はどこの言葉のどんな名前に着想を得たんでしょうね。グスコーブドリとかもちょっとロシアっぽいような、あるいはチェコっぽい、シュヴァンクマイエル的な不思議な印象があります。宮沢賢治が使っていたエスペラント語からきているのだろうか?

と、またふらふらとネットをさまよっていたら、オッペルはドイツ語起源では? という説を発見。ふーむ、ではオツベルの語源説も知りたいですね。と、調べていたら、はてな内でこんなエントリ発見。

 

オツベルを探して - fenestrae

 

このエントリ中の「Otbert」を宮沢賢治の好んだというエスペラント語風に発音したら、オトベルもしくはオツベルになりそうな気もします。

 

お題「好きな作家」