読んだり食べたり書き付けたり

霊長類ヒト科アゲアシトリ属ジュウバコツツキ目の妄想多め日録

夏コミ本のお知らせ

いつもバタバタだったりお知らせできないままコミケが終了したりはたまたコピー本でコミケ当日しか出さないのに事後だったりしているので、今回は早めに入稿したのを機に、夏コミ本のお知らせ。

f:id:Mmc:20190717001315p:image

 

夏コミは日曜西館あ09bの暗黒通信団で出品します。タイトルは『クズ度で見る古典バレエ』、16ページ、予価200円。このブログでもやっているようなバレエ妄想を一冊にしたものです(下記の過去ブログの内容は含まれません)。

古典バレエの名作のあらすじから書いているので、バレエに馴染みのない方、「バレエ? お姫様と王子様が幸せになって終わりでしょ?」という方にも読みやすくなっているかと思います。

mmc.hateblo.jp

 

表紙用のエンボス紙が在庫薄とのうわさも聞きますが、あとは無事印刷されてくることを祈るのみ! 暗黒通信団のその他の夏コミ新刊本予定はこちらをご覧ください。

ankokudan.org

なお今までに暗黒通信団その他で書いたコミケ本を振り返ってみたところ、以下の九冊でした。2014~16年はまったく創作意欲がわかなかったらしい。

2010年冬コミ『Buddhism Sentai☆Jodomen 2 : コピー版 vol. 1 (ブラック&カーキ編) 』共著、『非モテ男のためのカッチリ系ファッション入門』共著

2011年夏コミ『女王様挫折記』

2012年夏コミ『21世紀の宗教裁判』

2013年冬コミ『洗脳と統率―ヒットラーS木の教室支配』

2013年夏コミ『A新聞校閲部派遣切り闘争記』

2017年夏コミ『Q&A形式で答えるチベットの基礎知識』、『腐った濡れ本』共著

2018年冬コミ電子カルテシステム入札という病理~あるいは氏ね!F士通!~』(コピー版、神戸暗黒通信団

モヤモヤ映画『Girl/ガール』

最初、この子は女の子になりたいのか、それともバレリーナになりたいから女の身体がほしいのか、とかいろいろ考えてしまった映画『Girl/ガール』、いろいろ痛い映画でした。

心理的な痛さは、トランスジェンダー(というかトランスセクシャル?)の悩める青春というより、大人になってからだと拙速にしか見えない判断をしがちな思春期残酷物語にあるような。

物理的な痛さは少年の体でバレリーナを目指すのは、大人から始めたバレエとは違うだろうけど、周りから四年も遅れて身体も重くなってる16歳からトウシューズを履いて慣れなきゃいけないところや、公式サイトの作品紹介で「映画史上最も鮮烈でエモーショナルなクライマックス」とあるあたり。

 

www.youtube.com


あのー、「鮮烈でエモーショナル」とかいいように言ってますが、トランスジェンダー手術について説明されたの、ちゃんと聞いてた? と主人公の肩を掴んで揺さぶりたい気持ち。××しちゃったら○○作れないじゃん?

最後は長かった髪もセミロングになっていて、バレエ学校には復帰したのかどうかわからないのもモヤモヤする~。『リトル・ダンサー』(原題:Billy Elliot)みたいに最後はダンサーとして踊るところで〆てほしかった……。そのあたりが初監督作品たるところでしょうか。

 

www.youtube.com

 

www.gqjapan.jp

www.gqjapan.jp

ところでこの映画の感想で「骨ばり大きくなった足を小さくなったバレエシューズに押し込め」「バレエシューズの中に閉じ込めることのできない足は血まみれに」とかが散見されるけど、トウシューズで血まみれになるのはプロでも珍しいことじゃないんだけどなあ(あとバレエシューズの集合にトウシューズが含まれるのではなかったり)。

わりとしょっちゅう爪割れたり剥がれたり爪が膿んでたりして、しかもそこに痛み止め打って踊ってたりするんですよね。

 

「土曜日の夜の公演後に当時のプリンシパルが怪我をして、舞台監督から『月曜の公演に出られるか?』と聞かれたんです。3つの作品からなるネオ・クラシックバレエで30分ほどの作品だったのですが、その短い時間のなかに難しいパ・ド・ドゥ(男女2人のダンサーで踊る作品の見せ場)が5つもある。しかも、打診をされたのは、私自身も膿んでいた足の爪を取ることになっていた日でした」

 

president.jp

映画『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』

世間はディズニーの『アラジン』流行りのなか、公開時間も限られてきたハリウッド製ゴジラを見てきました。そのうえでこの映画、客電がつくまで絶対に帰らないことを、まずお勧めしておきます。

 

www.youtube.com

とにかく素晴らしかった! 芹沢博士は現代ならこうであろうと思われる振る舞いだし、ゴジラがただデカいだけのトカゲみたいにシュッとしてないのもいいし、古代の神話や伝説に関連付けて、怪獣たちの闘いが神々の闘いとして描かれているのもいい。「怪獣たちの迫力ある姿や戦いに比べると、人間側のドラマや兵器描写は少ない気もする」との批評もあるようですが……

www.cinematoday.jp

人間ドラマ少なめ? いやいや、ギリシャ神話の映画で「神々の闘いばっかりで人間ドラマ少なめ」って言わないよね? そう思わせるほど、怪獣たちが神々しいのです。ヒンドゥー教シヴァ神が破壊と再生両方を担う神であるのと同様に、圧倒的なパワーや美で、その神々しさを見せつけます。

一方、最初のシーンでのゴジラの出現は明らかに9.11テロを想起させます。一瞬、またかよ、と思ったけれど、だからこそ中盤の芹沢博士のセリフ、「彼らと共存するか、敵となるかは我々の判断にかかっている」(うろ覚え)と、世界各地で怪獣が生まれて脅威になる状況(もちろん世界各地でのテロの直喩でしょう)が効いてくる仕掛けに唸らされました。

 

www.youtube.com

そして音楽と音がまたよかった。オリジナルのフレーズをそのまま、あるいは展開して使っているのがいい。エンドロールではモスラのテーマから発展させたそれが素晴らしいオーケストレーションで流れますが、さらにそのあとの曲の演奏も素晴らしい。映画館で見た予告では「オーヴァー・ザ・レインボウ」やドビュッシーの「月光」が使われていたので、「ええー、自前の音楽作らないの?」と思っていましたが、すっかり騙されました!

 

www.youtube.com

ところで悪の首領が暗黒版柘植(機動警察パトレイバー 2 the Movie)っぽいですね。あの人絶対、過去にあのママと恋人同士だったよね? それでもって首領の思想が過激すぎて一旦は別の道に行ったママの、子どもを亡くした弱みに付け込んだって寸法? あとママ自身も、あれはジブリの『風立ちぬ』の二郎さんと同種のヤバい人だよね……。

 

やる側とやられる側は常に地続き

www.webdoku.jp

2015年に出版された『サリン それぞれの証』を読んだ。著者は本の雑誌社と縁の深い木村晋介椎名誠の「東ケト会」シリーズを読んでいた者にはキムラ弁護士として知られる。

 

www.shiina-tabi-bungakukan.com

この本を通勤中の地下鉄で読んでいると、ぞわぞわと怖くなってくる。というのは無差別テロをやる側やられる側に明確な差などなく常に地続きだと、様々な立場からの証言に思い知らされるからだ。

ただ、オウムの場合、高学歴の幹部は素直な優等生という性格が取り込まれる一因だったのではと思えてならない。そうならないためには仏陀の「師の言葉であっても検証に検証を重ねなさい」を実施し続けるしかないのでは。キムラ弁護士が、時には自らも体験して、オウム信者が取り込まれた要因の神秘体験を検証するくだりに、そう思った。

そもそも麻原の「超能力者を目差す者がまず最初にクリアーしなければならないのが、クンダリニー(霊的エネルギー)の覚醒である」をおかしいと思わない点で素直すぎる。超能力者はそのまま覚者を指すわけではないし、神秘体験は修行の副産物にしかすぎないからだ。

わたしが高校の頃、実家にオウム真理教の前身・オウム神仙の会の勧誘で、地元のエリート大の女子学生が勧誘に来たことがある。まだ痩せていた麻原の空中浮遊の写真の載ったチラシを見せて自慢げであった。家の宗教はキリスト教ながら、宗教オタクでチベット仏教ファンの身としては、カチンと来た。

チベット密教では空中浮遊というのは修行の副産物でしかない。あなた方の教祖が空中浮遊した修行で救われた衆生はあったのか」

気付けば問い詰めていた。女子学生の顔からは笑みが消え、恨みが目に宿った。当時、地方の高校生が独自に比較宗教研究をして理解していたことを、彼らは理解していなかった。恨むならそんな自分を恨み省察すべきだった。

宗教の修行での神秘体験は、それによって自分がそれまでの思考の枠を超えたという分水嶺でしかない。超えることでより大きな視座で衆生のために祈ることができるようになる。同時に、自身も常に衆生の中にいる、超越していないという自覚を失わないでいることが必要なのだが、オウムにはそれがない。

何のために、誰のために修行するのか。それについて自分自身と徹底的に対話しなければ、どんな神秘体験も宗教的な意味をなさない。

仏教だけでなく、キリスト教も聖書でこう語っている。

「たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしい銅鑼、やかましいシンバル。たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。」

マシュー・ボーンの『スリーピング・ビューティー』

www.hmv.co.jp

 

喉を悪くしてバレエのレッスンは諦め、薬湯を飲みつつ、BDを買ったはいいけど見てなかったマシュー・ボーンのスリーピング・ビューティーとそのメイキングを鑑賞。
あらすじを読んで、メリーベルを身分違いのエドガーが迎えにくる話かと思いきや、全然違いました! 二転三転してほんとにハッピーエンドになるの? とハラハラ。

 

『ポーの一族 プレミアムエディション』 (下巻) (コミックス単行本)

 

姫が長くつ下のピッピのようにやんちゃすぎてどうしよう? って感じで、原作のバレエやディズニーの眠り姫のイメージ全くなし。もともと魔女が作り出すか産み出すかして王家に与えた娘だと思えば当たり前なのか。

 

m.youtube.com

 

そうなると魔女の息子との血の婚姻は近親相姦になってしまうのでは? というか、あれはほんとに花嫁にするつもりなのか、生贄にするつもりなのか、どっちだったのだろう。招待客の反応は生贄のおこぼれ目当てに見えたけど。あと、花嫁の無表情が『カリオストロの城』の結婚式シーンを思い出させる。

 

ルパン三世 カリオストロの城 [4K ULTRA HD] [Blu-ray]

 


けど、姫が魔女の産んだ娘なら、観客は元気な猟番の血を入れた魔女の代替わりを見届けたということなのでは……。姫だけ顔が変わらないのも、彼女が魔女の正統な後継者だった、ということなのかも。

 

www.youtube.com

 

衣装や美術も相変わらず一部の隙もなく世界観を表してして素晴らしい。赤ちゃん人形も、白人の赤ちゃんの気味悪さがちゃんとある。サモワールでお茶を飲んでいたり、王妃役のファッションがロシアっぽかったりは何を表してるんだろう? 百年経つまで猟番はどうやって生きてきたの? とかは気になるところ。

 

メイキングは輸入盤のため字幕なし。拾い読みならぬ拾い聞きしたなかで興味深かかったのは、マシュー・ボーンが音楽について「ディズニーのメアリー・ポピンズのチムチムチェリーみたいな効果を発揮させたい」というようなことを言っていたこと。あと録音環境や練習スタジオが古い建物の中をリノベーションしたところで行われていたのが素敵。そこでマシュー・ボーンが振り付けを演出していくのもまた素敵。あ、あのベルトコンベアはこの幅で設置してあったのか! とかそういう舞台装置への謎解きも楽しい。

あと、映像でも「ドリアン・グレイの肖像」とか、日本未公開の男パドドゥがいくつもあるみたいで、腐女子マーケット目当てに興行したらいいのにと思ったり。

 

www.youtube.com

 

www.youtube.com

 

映画『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』@新宿武蔵野館

www.youtube.com

平日でサービスデーでもないのに、新宿武蔵野館はけっこう入ってました。バレエファンではない、ソ連クラスタというか、ロシア語クラスタのご老人がちらほらいたのが興味深かったです。「久しぶりにロシア語聞いたよ~」なんていう会話をしているおじいさまが、もう一人のお連れさまには英語で話してたり。

わたしにとってはバレエ映画というより、懐かしのジョン・ル・カレあたりの東西冷戦スパイもののような緊迫感。ファッションの時代考証はもちろん、空港ロビーの椅子、パリの街を走るクラシックな車たちも「あの時代」を再現しています。

わかりにくいと批評されていた時間の交錯は、ぜんぜんわかりにくくありませんでした。ソ連という国家に縛られていなくても、人生の重要な転機には、あんなふうに過去の転機が思い出されるのはふつうのことだと思うし。時間の交錯ということでは、エンドロールで実際のヌレエフが海賊のアリを踊る映像のあとに、そのシーンの音楽がかかったりと時間差で揺さぶられました。

 

www.youtube.com

ルドルフ・ヌレエフの亡命シーンは、もうとにかく怖すぎました。フランス側も手慣れてるのがまた……。中学くらいまでソ連や中国などの共産圏の大国に抱いていた恐怖のイメージがまざまざと蘇ります。

というのはわたしの祖父は国立大で化石を掘る仕事をしていた関係で、国交正常化後からすぐ中国やソ連含む世界中の大学との共同発掘に出かけていたのですが、中国とソ連の滞在中の自由のなさ(と、一般人民のやる気のなさ)について、幼少時、祖父がほかの大人に話すのを繰り返し聞いていたのです。「ありゃあ、うっかり化石のかけらでも空港の荷物チェックで見つかったら、帰っちゃこられないよ」という冗談めかした言葉と共に。

 

youtu.be

そんなわけで亡命シーン後は緊張と弛緩で涙。ここではまだ感動する余裕はありません。エンドロールで実際のヌレエフがバレエ『海賊』のアリを踊った映像のあとに、そのシーンの音楽がかかったりと時間差で揺さぶられたあたりで、急に込み上げるものが。でも自分が何に感動しているのか、ぜんぜん言葉が見つからない。終映後、入ったトイレ内に貼ってある森下洋子さんのコメントが、その言葉にできない自分の気持ちに6割くらいフィットしていて、しばらく個室内で泣いてしまいました。

ほかにも、冒頭からキーロフ(今のマリインスキー )バレエ団がパリに到着してヌレエフが一人で(でも離れたテーブルで監視付きで)カフェでの時間を過ごすあたりまでで彼が漂泊する魂を持って生まれてきたことがはっきり示されるところや、少数民族出身で不利益を被っていることをうかがわせるところも中国とチベットを思い出してつらかったり(なんだかんだ言ってロシアのバレエはいわゆるロシア人的な容貌が重視される世界だし)、バレエ団に付いてきたKGBの脅しの言葉から現在のチベット人の状況が思い出されたりとか、嗚咽の理由はたぶんいろいろ。

そんなわけで、動揺し過ぎて森下洋子さんのコメントが載っているだろうパンフレットを買わずに出たのもあり、また渋谷あたりで見直そうと思います。ピエール・ラコットの頼れる兄貴っぷりをもう一度見たいし、今度は少しは平静な気持ちで見られると思うから。

 

www.youtube.com

罪深き不正:神学者が神学者とその論文を捏造

神学者神学者とその論文を捏造」って、な…… 何を言っているのかわからねーと思うが、おれも 何を読まされたのかわからなかった……。

神学者カール・レーフラーは、

存・在・し・な・い・ッ……!!!

 

www3.nhk.or.jp

 

いや、東洋英和の院長の研究不正の話なんですけどね。調査PDFが東洋英和女学院大学のサイトに上がっているのですよ。それを見るといろいろな疑問が湧いてくるのです。調査PDF自体は、多少論文を書くことを知っていたら、かなり興味深く読めるものです。不謹慎だけど、推理小説のように面白い。

捏造に関しては昨秋にご本人が「資料は捏造指摘者が想定する人物とは異なる人物から入手した。その人物の了解が得られたので公表したい」とか宣ってたので、埋もれた資料や論文が発見されて終わりになればいいですね、と思っていたけど、タイプライターで荒っぽく捏造のうえ、盗用までとは。

 

www.toyoeiwa.ac.jp

 

それにしても、いくつかの論文を基に捏造した論文タイトル「カール・バルトの神学にとってのニーチェ」をなぜか失念して、自分の論文中では「今日の神学にとってのニーチェ」としてしまったのはなぜなのか。

というかわたしもドイツ語には明るくないのですが、「カール・バルトの神学にとってのニーチェ」なら「Nietzsche fuer Karl Barths Theologie 2」ではなく「Nietzsche für die Theologie von Karl Barth 2」とかになるのでは? およそドイツ人の書くドイツ語ではないというか、ドイツ語を知ってる日本人の書き方っぽいように見えるし、論文、それも神学論文のタイトルにしてはラフすぎるような。

あと、Karl Barth に「s」が付いているのもよくわからない。英語の「's」じゃあるまいし。日本語名で「2」が抜けているのも不明。待てよ、じゃあ「1」も作成してたのだろうか。「die」が抜けてるのは、うーん、ぎりぎりアリかな?

 

そして盗用するのに捏造論文の元ネタの一つの論文の邦訳書から引用してしまっているのも詰めが甘いなと思う。まあ論旨が破綻しないようにするとすれば、そうせざるを得なかったのだろうけど。

でも、調査委員会にドイツ語のウムラウトが打ち出せないタイプライターで捏造した当該論文を提出したのも、家計簿と偽って科学アカデミー分科会の手書き議事録を提出したのも、悪あがきにしても不可解。そんなの調査委員会にドイツ語読める同業者が含まれるだろうし、すぐバレるだろと思うのだが。

そもそもキリスト教神学者として、神以外のものが人(存在しない神学者)を作ってはいけない、とは思わなかったのだろうか、というのは冗談だけど、東洋英和のトップである院長という立場に50代半ばで昇りつめてるのに、こんな罪深い捏造をしなければならなかったのは、なぜなんだろう。早急にわかりやすい賞を取るような業績が必要な、なにか理由でもあったのだろうか。

 

それにしても研究不正の何が罪深いかって、研究不正した人物の過去の業績も調査する必要があったりして、当時は学生だったような無関係な研究者が駆り出されたりとかすると、その間、その分野の研究がstuckするんですよ。つまり関連学会の研究の進化と深化を止めてしまうんですよ。キリスト教神学ファンとしてふざけんなって気持ちです。