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魔夜峰央原画展を先生出身地で見る

Noism公演から一夜明けて翌日は、新潟では新年五日までの魔夜峰央原画展へ。

museum.nmam.jp

この原画展、神保町の明治大学 米沢嘉博記念図書館を皮切りに全国を回っているのですが、どうも地方での方が作品が多そうだし、会場装飾が豪華そう。福岡会場あたりのレポでそれに気付いて、今回ちょうどいいので見に行きました。

 

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そしたら神保町が無料だったのに比べて入場料がかかるからか、やはり充実してるんですよね。まず会場装飾が美しい。渋めの金色と黒で統一されていて、間仕切りタペストリーも同じく。作品数も多いし、それにあわせて魔夜峰央先生のコメントも増えている。結果、大充実でした。

 

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グッズもたくさんあってなかなか強烈。中高生、いや大学生くらいまでだったら爆買いしたかも? 金色、銀色のマグカップ(もちろんパタリロ柄)や金銀その他各色のクリアファイル、眼鏡拭き付き眼鏡ケース、お菓子、図録。ただ、魔夜峰央先生の原画は実物を見ないともの凄さがわからないので、図録もグッズも買わず。

原画のもの凄さとしては、ラシャーヌの目の中の虹彩外側に、弧の形に1.2ミリと1ミリくらいの細い短い線でホワイトが引いてあったのが、いちばん恐ろしかったです。どうやって引いたんだ……。


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今週のお題「2019年買ってよかったもの」

Noismを見に新潟へ

夏にめぐろパーシモンホールで初めて見て衝撃を受け、サポート会員になり、次作は本拠地で見てみようと思っていた、新潟市民芸術文化会館専属舞踊団Noismの新作公演「Noism1+Noism0 森優貴/金森穣 Double Bill」を見るために新潟へ。

 

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素晴らしいけど凄まじいものを見たなあ、という気持ち。あらためて、プロのダンサーって、どうしようもなくダンス馬鹿なんだな、と思う。

振付家が現役でダンサーということもあるのだろうけど、とにかく凄かった。初めてベジャール作品を見たときや、ラッセル・マリファントの"TWO"を見たときのような充実感と衝撃。

 

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実物と鏡像、虚像が、見る者を、「あなたが今、見ているものは、本当に現在、起こっていることか?」と、翻弄してくるコンテンポラリーの美が、舞台を支配する。群舞はどこを見ても面白いので目が忙しく、舞台に近い席でも遠い席でも面白く見られると思う。

ゲスト振付家のもう一作は、マッツ・エックがもし湿度高めのアジアに生まれ育ったら、こういう作風になったかも? などと、いろいろ妄想が膨らむ。

 

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そんなNoismの公演が気になる方は来月17~19日の彩の国での公演へ。

www3.nhk.or.jp

noism.jp

ところで、りゅーとぴあはせっかく建物がカッコいいんだから、ありきたりな季節の飾り物とかしなくてもいいんでは、と思いました。

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今週のお題「2019年買ってよかったもの」

待降節なのでクリスチャンぽいことを書く

ああベツレヘムよ などかひとり
ほしのみにおいて ふかくねむる
しらずやこよい くらきそらに
このよのひかりの てりわたるを

 

この歌詞の「ほしのみにおいて」を「星の身において」=「占星術的な何か」だと思っていたら、「星のみ匂いて」だと知ったときの納得感といったら!

 

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ところでなぜいきなりクリスチャンぽいことを書いたかというと、この記事を読んで、私自身もキリスト教徒なので、クリスマスの電話の話が胸に迫るものがあったからです。キリスト教のキの字もないところで働くことになったとき、こういう電話があったら嗚咽してしまうだろうなあ、と。

www3.nhk.or.jp

中村哲さんの訃報を知ったのは職場で、「命に別状はない」とのニュースでほっとしたあとだったので、よけいにショックでした。そのほんの数日前、この連載を読んだばかりでもあり、その日からしばらくは亡くなられたショックで、ずっと頭のなかは「なんてことだ……」ばかりを繰り返していました。

www.nishinippon.co.jp

当日は会社の帰りに仲間とちょっと会って、ほんの数分だけどバカ話をして笑い合えたのがほんとに有り難かった。

ピースマーチなどで、わたしたちがウイグルの方と協同できる遠因に、アフガニスタンというイスラム教の国のためにお仕事をされていた中村哲さんの存在はあったと思います。中村哲さんの魂の安寧を心から祈ります。

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といっても、祈る以外は寄付することくらいしかできないわけですが。

www.peshawar-pms.com

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世界人権宣言71年

明日は国連による世界人権宣言から71年目の人権デー。これに先立ち、チベットウイグル南モンゴル、香港の支援者などが合同で、12月7日に東京・浅草でピースマーチを行いました。

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あいにくの空模様でしたが、土砂降りになることなく、無事にピースマーチを終えることができました。

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このピースマーチに先立ちStudents for a Free Tibet Japanは、午前中には中国政府による人権弾圧を受けているチベットウイグル南モンゴル、香港の人々と、東京・西麻布の中国大使館前でアピールを実施し、基本的人権の尊重を訴え人権弾圧の即刻停止を求める声明文を発表しました。

www.sftjapan.org

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そんなわけで明日、12月10日は世界人権宣言71年目の人権デーなのですが、日本国内では入管での収容者への不当な扱いが止みません。

news.tbs.co.jp

また、アジアでは中国でのウイグル人チベット人など少数民族への圧政、香港での抗議活動への当局の暴力的な排斥、ミャンマーではロヒンギャ族の迫害が続いています。

www.japanforunhcr.org

SFTJの声明文にもありますが、チベットでは12月8日にアムド地方で20代の若者が焼身抗議を行いました。情報統制のため、生死は不明です。アムドでは11月26日、圧政への抗議で24歳の若者が焼身抗議を行い、亡くなりました。11月4日にはアムド地方で23歳の若者が、やはり焼身抗議で亡くなっています。

チベットNOW@ルンタ:さらにンガバで20歳代の若者が焼身

チベットNOW@ルンタ:今年2人目の焼身抗議

 

また、チベット遊牧民で環境活動家のA-Nya Sengdra は近々、裁判にかけられます。彼は自身が関係していない犯罪の咎で、10年の刑に直面しています。

2018年9月4日にGade郡の治安部隊によって逮捕されたA-Nyaは、拘留されてから最初の48日間、弁護士に連絡を取ることもできず殴られ、拘束されました。彼の勾留期間は2018年から何度か延長され、弁護士からの保釈請求要請は拒否されました。彼の妻や家族も拘留中のA-Nyaとの面会が許可されないまま、彼の裁判が始まろうとしています。

 

このような不当な拘留や一方的な裁判は、チベット人ウイグル人、また民主派の漢民族に関しても、これまで何度となく繰り返されてきました。

日本でも中国に対して抗議の声を上げ続けることが何より重要です。このような国の為政者を国賓として招いていいものかも含め、人権について考えていただきたいと思っています。

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なお、A-Nya Sengdraについては、アムネスティーによる署名フォームから、中国の法務大臣にメッセージを送信することで、A-Nya Sengdra の即時釈放を求めることができます。

Release Tibetan Environment Activist: A-Nya Sengdra  

https://actions.tibetnetwork.org/release-tibetan-environment-activist-nya-sengdra

 

パソコンの前で、あるいは自由にどんな情報を見ても逮捕されないスマホから、入力してクリックするだけです。ご協力をお願いできれば、と思います。

 

香港については、「今、香港で起きていることを語ろう。」というイベントが、12月14日の午後2時から東京大学駒場キャンパスであります。

入場無料ですが、参加する際はリンク先にあるリンクから事前申し込みが必要です。

hrn.or.jp

また、同じ14日午前中には駒場キャンパス近くのコラーニングスペースKOMADOで、最近の香港情勢について香港中文大学Ph.Dの石井大智さんをお呼びして語る会「香港で今、何が起きているのか。〜香港中文大学院生からの報告〜」が開催されます。

facebook.com
この会については、石井大智さんのアカウントで当日Facebook liveを配信する予定とのこと。

https://www.facebook.com/daichi.ishii



好きな食感:つるん

つるんとした食べ物が好きだ。

寒天入りのカップのヨーグルト、水羊羹、ババロア、杏仁豆腐、チョコレートパイ*1、カスタードプリン*2、各種ゼリー、寒天、ムース類などなど。

甘いものだけじゃない。赤ピーマンのムース、レバーのパテ*3、トマト寒天*4、煮凝り*5、麺類ならわかめうどんなどなども。

 

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それはさておき、この夏はよく行く喫茶店で頻繁にコーヒーゼリーを食べた。去年か一昨年に「コーヒーゼリーやらないんですか」と聞いた時には、「コーヒー飲みながらコーヒーゼリー食べる人いないと思うし、試しに作ったら原価率意外と高いし手間がかかるしで*6やめたんです」とのことだったので*7コーヒーゼリーが登場したと聞いてすぐにオーダーしたのだ。

 

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そしてこれがわたしの好きな、プレーンなコーヒーゼリーには甘みがなく、添えてあるホイップが甘いタイプだったため、今年の夏はほんとにここのコーヒーゼリーをよく食べた。ちなみにわたしは気に入るといつまでも同じものを食べ続けても平気なたちである。スマホの写真フォルダを見たら、三十四枚も写真を撮っている*8

 


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三十四枚って! コーヒーゼリーを食べるたび、いつも撮っていたわけではないことを考えると、もはやコーヒーゼリー・ストーカーである。とはいえ涼しくなったこないだもまだメニューにあったので、定番か、せめて暑い時期にはレギュラーとして登場させてほしい。

なお、わたしは今月に入ってもこのコーヒーゼリーを食べ、写真を撮っていた。確認すると、コーヒーゼリーフォルダに残る最初の写真は八月の初めのもの。ということは三か月以上、わたしはコーヒーゼリーを食べ続けているわけだ。もはやわたしにとって点滴に類するなにかなのか、コーヒーゼリー

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*1:アンミラとかのパイ生地やタルト生地の上に、チョコレートババロアみたいなのがのってるタイプ。

*2:ただし硬いやつ。半端に根性出したカスタードクリームみたいな「とろふわ系」などのパステルに源流を持つ軟弱モノは却下。

*3:滑らかに裏漉しをしてあればあるほど好い。

*4:生のトマトと違ってサンドイッチの具にするのに最適! なんとホットサンドにも使える。

*5:焼き鳥の缶詰ではむしろこれが楽しみ。

*6:なお、コーヒー、カフェオレ、牛乳の三段で作ったとのこと。

*7:いや、でもチョコレートケーキをココアで食べる人もいますし……、とは思ったが黙っていた。

*8:一部MUJI CAFE混入。

冬コミ予定はコピー誌

夏コミで暗黒通信団から『クズ度で見る古典バレエ』を出しましたが、冬コミは神戸暗黒通信団からコピー誌を出す予定です。

これ↓はボツにした表紙案。ある意味、闘病モノですが、暗くはないです。タイトル・書影などはまた後日!

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https://twitter.com/kobe_ankokudan/status/1190448943576047618?s=20

 

わたしには故郷がない

わたしには故郷がない。これは、生まれた国が地図上にもうないとかそういう話ではなく、ホームタウンといえる場所がない、という意味だ。

 

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小さい頃のことを思うと、理想とされる町に住んでいたのだと思う。その町というか住宅街は日当たりのよい丘の上で、高速道路が遠くに見えた。高速道路の下には川が流れていて、そこにかかる橋を渡ると地下鉄の駅がある。

近所はお屋敷だらけ。遊び仲間には大使館勤めの親を持つ、日本語のとても流暢なインド人兄妹もいて、車といえば住民のそれしか通らない道いっぱいに広がって楽しく遊んでいた。進学する小学校が決まるまでは。

近所の小学校がオープンスクールをするというときに自分も遊びに行こうとしたら、遊び仲間が言うのである。「春から通う人しか行っちゃいけないんだよ」。わたしがその町から地下鉄と国電(昔はJRのことをそう言った)を乗り継いで行く、区外の私立の小学校に進学することは、いつのまにか知られていた。それ以来、その町の道端で遊ぶことはなくなった。

それでも、もともと虐待親に迫害されて家の外に出されて泣いていたときに声をかけて仲間にいれてくれたときの、意外な気持ちとありがたさは、今でも覚えている。というのも、虐待されていて自己肯定感が低まっていたので、「誰かが自分と遊びたがる」ということが、まったく思いの外だったのだ。

しかし、地元の小学校に通わない、ということでその遊びの輪から外されてしまったので、わたしはまた虐待とネグレクトを受けてその町で小学生時代を過ごした。いい記憶がないせいか、あまりこの町の詳細な記憶がない。

 

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その後、父親の転勤で引っ越した先は、海の近くの町だった。そこも水族館や繁華街、文化的な施設が近く、憧れの町ともいえる場所だった。

しかし相変わらずわたしは虐待されていたので、この町での記憶もあまりない。この町の中学で知り合い、今でも付き合いのある親友がいろいろ覚えているのには驚かされるが、どうもそれがふつうなようなのだった。

この町では高校卒業までを過ごしたが、ここでの虐待は殴る蹴るというものではなく、依怙贔屓などのモラハラや経済DV、虐待親の気に入らない友達との連絡を断つ、描いた作品を破棄される(文字通り破り捨てられていた)などの精神的なものが多かった。

勉強して遠方の大学に進学することで逃げ出さなければと思ったが、そうした精神攻撃で不眠症になったりなどしてあまり捗らず、大手を振って出ていけるような進学先にはならなかったのは残念だ。

いま、その町の家は買い取られてちょっとした文化施設になっている。「女三界に家なし」というが、自分が女だと自覚する前から家=Homeなどなかったわたしの実家が、今では人の住まない用途になったことは、なんともふさわしい成り行きに思える。

 

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なお、今は山脈のような本に囲まれた借家でわりあい心安らかに暮らしているが、住んでいるこの町に愛着があるか、というと、あまりそうも感じない。幼児期にそのような愛着を感じる余裕なく、虐待に晒されていたせいかもしれない。理想や憧れは常に、自分が虐待されているこの場所から離れたところにあると思うようになったのかもしれない。

あるいは、愛着を持つと裏切られるのが怖いのかもしれない。部屋の中だけのものへの愛着なら、たとえば家事や洪水で失っても時間をかければ立ち直ることができるかもしれないが、町そのものを失うことになったら、それはなかなかリカバリーが難しいことだろうとも思う。

そのせいか、旅行で二日以上、同じ宿に泊まって、そこがいいところだなと感じると、「ここに住んでもいいかな」などと現実離れしたことを思う。それでも実際に住み始めたら、そこも理想や憧れの地ではないとすぐに気づくのだろうけど。なにしろ、旅と日常は、切り花と鉢花、植え木ほどに違うものなのだから。

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ふと、カール・ブッセの詩を思い出す。幸いが住む理想の町、憧れの街は、常に遠くにあって、近づけば逃げ水のように蒸発し、残るのはコンクリート色の日常ばかり。

 

山のあなたの空遠く

幸い住むとひとのいう

 

ああ、われひとと尋めゆきて
涙さしぐみかえり来ぬ

 

山のあなたになおとおく
幸い住むとひとのいう

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書籍化記念! SUUMOタウン特別お題キャンペーン #住みたい街、住みたかった街

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by リクルート住まいカンパニー